【ダ・ヴィンチ2014年11月号】今月のプラチナ本は『かたづの!』中島京子

今月のプラチナ本

更新日:2014/10/27

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『かたづの!』中島京子

●あらすじ●

舞台は慶長5年(1600年)、青森。一本しか角を持たない羚羊(カモシカ)が、八戸南部氏20代当主、直政の妻・袮々(ねね)と出会い、友情を育む。羚羊は寿命を迎えた後も、一本の角の中に意識を残し、南部の秘宝・片角(かたづの)として袮々を守護してゆく。城主である夫と、幼い嫡男の不審死という悲劇に見舞われた袮々は、その裏にいる叔父・南部藩主の利直の狡猾かつ残忍な謀略に、片角の力を借りながら立ち向かってゆく。実在した女大名の波乱に満ちた生涯を、様々な伝説を交えながら紡ぐ、長編歴史ファンタジー!

なかじま・きょうこ●1964年東京都生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。出版社勤務、フリーライターを経て、2003年『FUTON』で作家デビュー。10年『小さいおうち』で第143回直木賞受賞。同作は山田洋次監督により映画化された。著書に『イトウの恋』『ツアー1989』『平成大家族』『宇宙エンジン』『東京観光』『妻が椎茸だったころ』などがある。

集英社 1800円(税別)
写真=首藤幹夫 
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編集部寸評

 

フィクションならではの力

かたづのって何? インパクト大なタイトルに引き寄せられ、それが片角、つまり一本しか角のないカモシカとわかるころには、すっかり物語に引き込まれている。やがてカモシカは死ぬが、その意識は角に残り、歴史の転変を見つめていく。かつて実在した女大名・清心尼を描くにあたり、シンプルな三人称ではなく、この角の視点が導入されたことで、本書の読み心地は独特なものとなっている。苦難と謀略に満ちた乱世をリアルに描きながらも、清心尼を慕う片角の視線を通すことで、読者の胸にあたたかな気持ちを残すのだ。もちろん、片角に慕われる清心尼その人のあたたかみも印象深い。“戦わない大名”という困難な道を選び取る、知恵と気概。武力と復讐の連鎖を避け、民の幸せを守る本当の政治家の姿には、現在の日本に暮らす人々こそ胸を打たれるだろう。ファンタジックな設定だが、ひしひしとリアル。フィクションならではの力に満ちあふれた一冊だ。

関口靖彦 本誌編集長。妖怪ファン、とくに河童好きは必読の小説でもあります。片角をはじめ、不思議なものものがごく自然に存在している本書の世界は実に魅力的!

 

豪胆かつ理性的な祢々の活躍が痛快

夫と嫡男を同時に失い、お家断絶の危機という大困難に見舞われた祢々。自らが城主となることでそのピンチを切り抜けた彼女だが、次から次へと難題が降ってくる。八戸の領地を狙う叔父・南部利直との攻防にハラハラしながらも、素晴らしい機転と豪胆かつ理性的な判断、そしてときには体を張って、それらを乗り越えていく彼女の活躍には拍手を送りつつ、多大な元気をもらった。史実として、完全なる男社会だった時代にここまで堂々と男たちとわたりあった女性がいたことにまず驚いたし、女性本来の底力を見た気がした。彼女の波瀾万丈で過酷な人生を語るのが「かたづの」という不思議な存在であることが、本書の読み心地をずいぶんと柔らかくしている。また、猿やぺりかんが登場したり、遠野ならではの河童や座敷わらしの話も面白く、歴史絵巻にこうした要素を取り入れるところがなんとも中島さんらしくて大好きな一冊に。

稲子美砂 上橋菜穂子さんの3年ぶりの新刊『鹿の王』が発売になりました。本誌掲載の夏川草介さんとの対談には物語を深く読み込むためのヒントが随所に。ぜひご注目を

 

何倍もの楽しみがつまった傑作

先日、遠野を始めて旅した。伊藤三巳華さんの新刊『視えるんです。ミミカのとおの物語』の取材だ。想像以上に遠野は「かわいい」場所だった。あちこちに手植えされた路上の花々、温かい風をふかす神々。人をやさしくもてなす遠野の人々。『かたづの!』を読んでいたので、清心様の墓や南部神社がとても身近なものに感じられた。『かたづの!』はたくさんの面白さがつまった本だ。歴史的事実をベースに、かたづのがしゃべるという、奇想天外な構造をなしているところがまずは感服だ。男尊女卑の武家社会で女当主として生き抜いた姿からは、女も策略を持たないといけないと学び、使者が幽霊や化け物となって現れるくだりは、怪談的な楽しみがあり、河童の恋物語には心和むものがあった。時に親子の情愛に涙し、悲運に涙した。何より南部の歴史と風土を、まるでそこを旅したかのように知ることができた。こんな何倍もの読書の楽しみが得られるとは! 今年ナンバー1!

岸本亜紀 20年担当した『ダ・ヴィンチ』を今号で卒業します。皆様、ご愛読ありがとうございました。来月からは角川書店で『幽』や『Mei』、書籍の編集を担当します

 

物語だからこそ伝わる強いエール

中島京子さんの初の歴史ファンタジー。読む前からわくわくしていたが、期待を裏切らない面白さ! 遠野が舞台ということで、挿入されるエピソードも楽しい。語り手が元カモシカの神様「片角(かたづの)」であることや河童のお話などは、こういう形でつながるのか、と痛快だ。片角様も河童伝説も、遠野に昔から伝わるお話であるだけに、本当にこれに近いエピソードがあったのかもしれないと胸躍らせた。それでいうと、やはり一番、力強く私の心に響いたのは、女大名となった弥々(清心尼)の存在だ。まず、彼女が実在したという事実に驚いた。江戸時代に女大名がいたなんて。次々と起きる難題に立ち向かっていく彼女の芯の強さに惚れ惚れした。昨年の大河『八重の桜』の新島八重にも、こんな女性がいたのかと驚いたが、多くの苦難を乗り越えてきた東北の女性は凛とした強さを持つ人が多いのかもしれない。今を生きる私たちに勇気をくれる一冊。

服部美穂 「大人になるためのムーミン」特集でムーミンの凄さを痛感。子どもの頃以来読んでいない方、アニメやグッズでしか知らなかった方、大人にこそ原作が響くはず!

 

モノノケが彩る女大名の一代記

本書を読んだ後、取材で岩手県の遠野に行った。遠野は私の故郷でもあるが、かつて南部の女大名・祢々(清心)が活躍し、古来の伝承が色濃く残るこの地に改めて立つと、そこかしこに江戸時代の匂いを感じる。決して遠い過去の物語ではない。ちょうど催されていた祭りには、河童や天狗など異形のものが跋扈していた。語り部「かたづの」をはじめ、本書にもモノノケが登場する。武力が大きな権力を持っていた時代を凛と生きた女大名の一代記を、彼らがやさしく彩る。

似田貝大介 15年続いた怪談企画「怪談通信」が今回で最終回。私も今号で『ダ・ヴィンチ』を離れることになります。楽しい10年間に感謝

 

現代にも通じる女性の生き方

実在した江戸時代唯一の東北地方の女大名をモデルに、史実と伝説を交えながら綴られた歴史ファンタジー。物語の語り部となる一本角(かたづの)のカモシカが祢々とともに成長していく様子や二人の交流は微笑ましく、波瀾に満ちた人生に毅然と立ち向かう祢々の姿には何度も心を熱くさせられた。「戦でいちばん重要なのは、戦をやらないことです」。妻として母として、また一人の女性として、自分の信念を貫き通した生き方は、現代の私たちへの指南でもある。

重信裕加 お金でも権力でもない本当の強さをもっている人は、男女問わず魅力的。歴史小説が苦手という方々にも、ぜひオススメです

 

祢々は戦いでなく幸せが似合う

「結局、誰が権力を握るかの争いだもの。嫌だわね、乱世って。どこにもいい人がいない」自ら女大名として男社会の命がけのゲームに参戦しなければならなくなった彼女の気持ちを思うと溜息がでる。よく女性の社会進出の数字を上げるために……なんて話を聞くが、男性と女性、効率を感じるところがたぶん違う。争いってホント無駄。だから既存社会の男の人が楽しいパワーゲームに巻き込まれたくない、と思ってしまう。祢々の才覚が別の時代で花開けばよかった。

鎌野静華 土屋礼央さんのサッカーイベントお手伝いで味スタFC東京戦へ。スタジアムへ行ったら数年ぶりにサッカー熱が再燃したかも!

 

怒り荒ぶってもチャーミング

祢々/清心尼は、よく怒っている。謀略の世、時の権力者に翻弄されて、愛する人を殺され、慣れた土地を離れることを余儀なくされ、苦難の連続だ。怒りにとらわれた人は概して醜いが、祢々は怒りまくっても、罵詈雑言を吐きまくっても、とても魅力的な人物として映る。「二度とわたしの大切な者の命を奪わせない」と苦渋の決断をし、新たな地を名君として治める姿に心打たれる。遠野の地が美しい四季で彼女を迎えてくれ本当に良かった。風景描写に思わず涙がこぼれた。

岩橋真実 遠野は本当に美しいところ。以前取材で滞在したとき、地元の方に早朝にご案内いただき展望台から眺めた雲海は素晴らしかった

 

時代を超える物語の力

私は20年弱、岩手県に住んでいたが、本作の主人公・祢々(清心尼)の存在を知らなかった。しかし本作を読んで、彼女がいなければ今の遠野という街はありえなかったのだと思い知った。遠野は柳田國男『遠野物語』の舞台となった美しさと妖しさをあわせもつ土地だが、1896年の三陸大津波と東日本大震災を経験しており、前者は丁度祢々の治世にあたる。歴史に学び、それを次世代に語り継いでいくことの意義や面白さを、本作はファンタジーを交えて教えてくれる。

川戸崇央 今年の夏に帰省した際、父親に鹿の角をもらいました。そのせいか本作の語り部である片角がやたらとリアルに想像できて……

 

文句なし!の面白さ

中島京子さんの新作と嬉々として手に取ったら、帯に「初の歴史小説」の文字が。正直に申しますと、私は結構な歴史オンチで、「作品に入り込めるのかな?」と戸惑いながらページを開いたんですが……いやもう文句なし!に面白かった。女大名の一代記としてもさながら、彼女の周囲にいる不思議な「もの」たちの存在が心を温めてくれ、随所のエピソードでユーモアが効いていて。「泣き落としを使いなさい」と策を授けるご母堂様も好き。今も昔もその手がありますよね、女は。

村井有紀子 どぎつい風邪に見舞われまして、病床で人生のあれこれを考えてたら、担当作家先生からお見舞いメールが。泣けました……

 

ポップで自由な歴史ファンタジー

最初のページをめくるやいなや、風変わりな語り手に度肝を抜かれる。いや、以前ジュンサイの気持ちをのびやかに描いた著者のこと、驚くべきではないかもしれない。読み進めるうちに、心の中の凝り固まったモノがどんどんほぐれ、自由になっていくのを感じた。女性に選択肢がなかった時代に、知恵と独自の信念で未来を切り拓いていく祢々。そのしなやかな生きざまはカッコいい。さらに土地の香りや伝説などがからみ、奇想天外な物語は加速する。すっかり魅了された。

光森優子 読み終わって「もっとこの世界にひたっていたい」と心から思う一冊。心が解き放たれるこの感じ、これぞ物語を読む醍醐味!

 

心躍る角が語る歴史絵巻

物語の舞台は何百年も前の日本のしかも東北地方という、果てしも無く現在の自分たちとはかけ離れた世界。異次元とも思える別世界へと引っ張り込み、目の前にいるかのように登場人物たちの微かな息遣いまでも描写する著者の筆力にひたすら圧倒されまくり。なにより主人公の女大名の人間味あふれる魅力をあますところなく伝えてくれる語りべの「かたづの」が実にチャーミングで、このアイデア無しに物語は成立しなかっただろう。この秋、最も注目されるべき作品だ。

佐藤正海 近所のコンビニへフラフラと彷徨う姿を多くの知り合いに見られる。大量の駄菓子とか太った友人とか本当に生きてるのが辛い

 

説教くさくない生き方指南

ページをめくる手が止まるような理不尽を八戸に突きつけ続ける、南部藩主の利直。領土問題や地震の爪痕でささくれ立った現代日本と、400年前の八戸が重なる。しかし、語り手の片角や、河童、ぺりかんたちが、重苦しい気分にはさせてくれないのだ。復讐に走らず、かつ諦めずに平和を追い求める袮々の姿勢は、現代社会の渡り方の一つの答えではないか。「あのね。戦でいちばんたいせつなことは、やらないこと」。これだけ爽やかで力強い言葉を、他に知らない。

鈴木塁斗 コミック ダ・ヴィンチの取材で、憧れの鈴木央先生と一献傾ける機会が。編集者冥利に尽きます。本当にありがとうございました

 

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