妊娠・出産・育児で、女の身体、夫との生活はどう変わる?【産後クライシスで悩む人・出産を控えている人必読】

小説・エッセイ

更新日:2015/10/21

きみは赤ちゃん

ハード : iPhone/iPad/Android 発売元 : 文藝春秋
ジャンル:趣味・実用・カルチャー 購入元:Kindleストア
著者名:川上未映子 価格:※ストアでご確認ください

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 「人とは違う自分でありたい」と願うものの、それは健康面においては当てはまらない。自分の体調に変化が訪れるたびに、他の人と同じ身体の構造を持っていることへの安堵を噛み締めずにはいられない。特に、自らの身体に新しい生命がやどっている場合は、ひとしお。教科書通りの変化に驚きを感じつつも、ありがたさを覚える。だから、少しでも違うことが起きれば、絶望的な気持ちになる。そうやって一喜一憂しながら、子どもは親とともに育っていくのだろう。

『乳と卵』で芥川賞を受賞した川上未映子氏著『きみは赤ちゃん』は、35歳で初めての妊娠、出産、子育ての奮闘を描いたエッセイ集だ。1つの生命が誕生するまでにはこんなにも多くの苦労、そして、喜びがあるものなのか。つわり、マタニティー・ブルー、出生前検査、心とからだに訪れる激しい変化、そして分娩の壮絶な苦しみ…。妊婦が経験する出産という大事業の一部始終が克明に記録されている。

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 この作品の魅力は、作家ならではの観察眼だ。川上氏は妊娠から出産までのからだのわずかな変化も見逃すまいと必死になっている。たとえば、妊娠は、卵子と精子が結びつくだけでは成立せず、それが子宮に着床しなければならない。その際に「着床痛」を感じる人がいることを聞いた彼女は、連日ベッドに横になって、その痛みを感じようと努めたというから、おかしい。実際、川上氏が、身体の隅々まで神経を漲らせていると、ふともものつけ根の少し上あたりに「ちくちく」とした痛みを感じ、「着床したのかも!」と感激していると、めでたく妊娠していたというのだから、驚きだ。

 妊娠すると、考えさせられることが多いようだ。たとえば、川上氏は「出生前診断」を受けるべきかに悩んでいる。「おなかの赤んぼうは100%こちらの都合でつくられた命で、100%こちらの都合で生まれてくるのだから、それならば、われわれはその“生”を100%の無条件で、全力で受け止めるのが当然じゃないだろうか」。川上氏の友人はそうやって「出生前診断不要説」を口にするがなかなかそうも割り切れず、受診する。障害があったら、どうするつもりだったのか。川上氏はその質問に上手く答えられない自分にもどかしさを感じている。

 また、彼女は「無痛分娩」を選択するも、結局は帝王切開で出産することになってしまう。どうにか出産したが、帝王切開は外科手術のため、赤ちゃんを見る前、切ったあとを縫い合わせなければならず、なかなか対面はできない。「いまおなかの外にあった子宮をなかにもどしてます。それから筋肉を縫って、皮膚を縫いますからねー」。なんだか彼女に起きているひとつひとつのことが、自分に起きているように錯覚させられる。出産後、腹部の傷の痛みに悶え苦しみ、「いま何かが起きても、自分は子供を助けに走ることもできない」と思ってさめざめと泣く姿にも共感。

「生まれたばかりの息子がただ存在しているだけで胸の底からいとしいというかかわいいというか、なんといってよいのか見当もつかない気持ちであふれているのに、それとおなじだけ、こわいのだ。」

 出産後の乳首の色を「液晶画面の黒」、授乳終了後のおっぱいを「打ちひしがれたナン」と表現しているのも秀逸だ。子供の成長とともに変化する自身の身体、増大する不安を見事に描き出している。

「出産を経験した夫婦とは、もともと他人であったふたりが、かけがえのない唯一の他者を迎えいれて、さらに完全な他人になっていく、その課程である」

 ろくに睡眠時間が取れず、産後に憂鬱な気分に陥った川上氏と夫・あべちゃん(芥川賞作家・阿部和重)との微妙な距離感からも目が離せない。川上氏の中にあった「赤ちゃんはわたしの身体の延長」的感覚を排除することで、次第に夫と同じように息子と向き合うこと、育児に協力的ではない夫に苛立ちを感じずにすむことができていったというのも気になる。

 産後クライシスに悩む人もこれから出産に臨む人も夫婦でぜひ読んでほしい1冊。


つわりがあまりにもキツくて「つわり いつまで」と検索し続ける毎日

「エアロビの回数が出産を決める」と信じている医者とのやりとりが面白い

出産直前だというのに、モスバーガーと焼き肉を食べたいと思う川上氏の姿が微笑ましい

産後は夫との関係が悪化。だが、川上氏は次第に乗り越えるすべを見出していく