意固地なキャラクターからにじみ出る滑稽観にはスルメのような味わい深さが

小説・エッセイ

更新日:2012/3/2

山椒魚・遙拝隊長 他七篇

ハード : PC/iPhone/iPad/WindowsPhone/Android 発売元 : 岩波書店
ジャンル: 購入元:eBookJapan
著者名:井伏鱒二 価格:496円

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わたしは井伏鱒二の作品がたいへん好きで、選集と全集を二度にわたって購入している。エライ散財である。

なぜ二度も買い集めたかというと、一度目が「井伏鱒二自選選集」という15巻ばかりのベストセレクト集で、ところがこれに収められた彼の代表作「山椒魚」が信じられないようなことになっていたのである。

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もともと井伏は作品の言葉を磨き上げていくのに執念を燃やしているようなところがあり、すでに発表して単行本になった作品すらいつまでもいつまでもたゆまずに「直し」続けている癖があって、あろうことか昭和の初頭に書いた「山椒魚」を40年50年ずうっといじってた珍しい人なんである。

で、これが最終バージョンもう絶対直さなくていいと宣言して「自選選集」に収録した「山椒魚」が、その名作のもっとも名作たるゆえんのフレーズと日本中の識者たちが認めていた最後の数行をばっさり切り落としちゃったものだったんである。日本中茫然。KARAからダンスをとっちゃったみたいなもん。違うか。

とにかく、わたしも1巻ずつそろえながら、これでいいのかなあと屈託しつづけ、完結から数年後に出始めた筑摩版「井伏鱒二全集」にとうとう買い直したのであった。

本書で読める「山椒魚」はもちろんベストの状態のものであるから心配されるでない。体が成長したばかりに狭い岩屋の出口から出られなくなってしまった山椒魚と、彼が道連れに岩屋に閉じ込めてしまった蛙との、意固地な気持ちの張り合いをメインストーリーにした本作の面白さは、それこそ選びに選び抜かれた言葉による心情や情景の描写のユニークな色合いにある。少し翻訳調でなおかつファニーな味わいのある井伏文体は読めば読むほど癖になる。

計9本の短編が収まっているうち、すべて傑作なのでとてもお買い得の1冊と言い切って間違いないにしろ、その中のもう1本「鯉」はちょっとどうしてこんなものが書けるのかと訝しくなるくらいの素晴らしい小説で、友人にもらった一匹の鯉を引っ越すたびどこへ放して飼い続けようか悩まされる話なのだが、冒頭一行に書かれてあるこの「なやまされてきた」がダブルミーニングであるのに気づくとき、大きな感動のやってくる仕掛けになっている。裏設定としてボーイズラブの匂いもいささか漂う、純文的にはありえない解釈ではあるが。

日本文学史上に残る「山椒魚」の有名な書き出し

「鯉」もまたとんでもない傑作だ

動物好きなら泣かずにはおれない名作童話「屋根の上のサワン」も入っているく

ほとんど中身なんかないのに読むものを不思議に満足させる人を食った作品「「槌ツァ」と「九郎治」はけんかして私は用語について煩悶すること」 (C)岩波書店く