2010年07月号 『死ねばいいのに』京極夏彦

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/5

死ねばいいのに

ハード : 発売元 : 講談社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:京極夏彦 価格:1,836円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『死ねばいいのに』

京極 夏彦

●あらすじ●

3カ月前、マンションの一室でアサミという女が謎の死を遂げた。彼女について知りたいと執拗に問いかける、若い男。派遣社員だった彼女と同じ職場にいた中年男・山崎、彼女のマンションの隣人だった女性・篠宮、彼女と“個人的な”関係にあった三十路をすぎた下っ端暴力団組合員・佐久間、彼女の母親の尚子……ある日突然現れる若い男の無礼な問いかけの言葉の数々に、みな心を掻き乱され、じわじわと自身の嘘に追い詰められていく。アサミのまわりの人間に次々と接触していく彼は、一体何者なのか。若い男の追及に大人たちは自分の業をさらけ出し、やがてひとつの真実が浮かび上がってくる─。『小説現代』連載に加え、衝撃の結末「六人目。」を書き下ろした、京極夏彦の究極のミステリー。

きょうごく・なつひこ●1963年、北海道生まれ。94年に『姑獲鳥の夏』でデビュー。以降、『魍魎の匣』『邪魅の雫』などの〈京極堂〉シリーズで、絶大な人気を得る。『嗤う伊右衛門』『後巷説百物語』(第130回直木賞受賞作)『旧怪談』『幽談』など著作多数。近作に『数えずの井戸』『冥談』などがある。

『死ねばいいのに』
講談社 1785円
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

残酷な物語が救いに転じる奇蹟を見よ

誰かと話していて「だったら死ねばいいのに」と言われたらどうだろう。なんとショックなことか。「死ね!」といった単純な言葉は激しくまっすぐなものだから投げかけられてもかわせばいい。対して「死ねばいいのに」は「○○すればいいのに」といった親身に応える言葉の振りをして、相手を奈落の底に叩き落とす。自らの愚かさを“自覚”して死ぬべきですよと諭すように絶望を突きつける。言われたほうは自己を徹底的に否定されるわけでこれほど酷い仕打ちはない。渡来はヤマギシ会の洗脳者かギリシャの偉大な哲学者か、無知という名の刃で向き合う者の欺瞞を一枚ずつ丁寧に剥ぎ取っていく。それは読んでいて恐怖だった。こちらも丸裸にされるから。しかし「死ねばいいのに」という言葉は“自覚を促す”ことで救いをもたらす可能性を秘めていた。圧倒的な残酷が救済に転じる奇蹟を見る。まさに京極マジック。その言葉ひとつで世界を美しく塗り替えたのだ。

横里 隆 本誌編集長。超名作バレエ漫画『アラベスク』の完全版が全4巻で刊行されました。貴重なカラー原稿満載。ぜひお買い求めください!

「京極風」容赦ないセラピー

非常に練られた構成と文体。伏線の張り巡らされた小説なのだが、事件の真相に向かってストーリーを楽しむというよりも、「生きる意味を考える」哲学書を読んだような読後感。といっても、難解なわけでは全然ない。むしろその逆。本作がiPad配信第1号に選ばれたのはすごく納得がいく。物語よりも、ストレートに自らの心に斬りつけるような鋭い言葉がほしい。そう思っている人にはうってつけだから。それにしてもケンヤの誘導とツッコミは巧みだ。チンピラ風で無職で「好きなこととかねぇし。有名になりてぇとか、金欲しいとか思わねぇし。人と比べてどうとか、そういうのもねぇし」という彼と、現状に不満塗れの6人の対比もおもしろい。そのやりとりの中で浮かび上がってくる「今」という時代と人の心。自分の家にケンヤに来てほしいと思う気持ち半分、怖い気持ち半分。「死ねばいいのに」―ちょっと言われてみたい。

稲子美砂 映画『告白』が凄くよかった。原作の構成を生かした手法で松たか子さんの演技も圧巻。観ると物語の解釈も広がる。試写2回行きました

一分の隙もない完璧な小説

健也の語り口が素晴らしい。質問を通して迫ってくる「自分自身の曖昧さ」に嫌な気持ちにさせられる。やだな〜私もこういう感じで自分のことばっかりしゃべっているなぁ。健也って馬鹿のふりして、かなり賢いじゃないか、空恐ろしい。ねずみ男みたいだ……と思いつつ、いつのまにか真剣に犯人探しをしていたり。冒頭から京極夏彦の術中にはまりまくって、いろんな部分を刺激されたまま一気読み。不倫男、隣人、恋人、母親、警察官、弁護士……とキャラクターの異なる六人の隙と甘さを、真綿で首を絞めるかのごとく追及する健也。いつのまにか健也が放つ「死ねばいいのに」のセリフを今か今かと待っている私。デビュー以来、一貫して物事の本質を隠してしまうシステムというものを鮮やかに壊してみせる京極夏彦。今回はこの手できましたか! その職人技に圧倒されました。しかし、若者言葉、巧いですね。いつ、どうやって学習されるんでしょうか?

岸本亜紀 伊藤三巳華『視えるんです。』売れてます! 谷一生『富士子 島の怪談』発売中。立原透耶『ひとり百物語 夢の中の少女』7月2日発売予定

自分は何を隠しているんだろう?

おれは他人のことも自分のことも、なんにもわかっていないのだと思った。自分の足場がさらさらと砂になって崩れていくような小説だった。怖かった。アサミのことを尋いて回ったケンヤは言う。“誰もアサミのこと話してくれねーの。みんな自分のことばっか”。誰もアサミのことを、本当には知らなかった。勝手な、浅薄な思い込みがあるだけだ。そして自分のことばかりを語る。だが、自分のこともわかっていないのだ。建て前、見栄、自己欺瞞―いろいろなもので自分を覆い隠した挙句、何を隠したか忘れてしまう。それはまさに、私が常日ごろ繰り返している愚行だ。仕事相手、同居人、友人、誰のことも、自分のことも見えていない。見えているつもりのものは存在せず、見ていないところに事実がある。その怖さに駆られて、一気読みだった。果たして、尋き手であるケンヤはわれわれに何を語るのか? 最後の1行まで、目を離すことはできない。

関口靖彦 休日の午後、自宅の本棚部屋から本の山が崩れ落ちる音。老後に読もうと思っている未読本が、すでに老後×3回分くらいある


文句言わずにちゃんと生きます

登場人物たちはすべて、死んだ女・亜佐美と浅からぬ関わりを持つ者ばかり。しかし、彼女のことを聞かせてほしい、と突然現れた無礼ないまどき青年・ケンヤに対して彼らが語るのは自分自身のことだけで、死んだ女を悼むどころか不遇な自身の日常と周囲の人間を呪う言葉を吐くばかりである。だったら死ねばいいのに。突然のケンヤの暴言にドキッとして言葉を失ったのは彼らだけではないだろう。不平不満を言いながら、変わらぬ日常を淡々と生き続けることのできる平和を思い知らされた。

服部美穂 1特の佐野史郎さん×さかなクン対談の後、さかなクンが編集部に来てくれて一緒に記念写真を撮りました! さかなクンありがとう!!

巧みな「言葉」使いを堪能!

死ねばいいのに……日常において、いつ言われたとしてもおかしくない言葉であるからこそ、強烈な印象を受ける。言葉が暴力をともなうものだとしたら、この言葉は凶器である。ただ、この時点ですでに著者の世界にはまっているのだろう。6人の相手に対峙した主人公が放つ言葉に自分自身を重ね合わせ、腹をえぐられるような痛みを感じた。やがておぼろげに見えてくる被害者の輪郭。同時に自身の裏面も浮き上がるようだ。巧みな構成にうならされる京極短編の魅力を存分に楽しめる一冊だ。

似田貝大介 『死ねばいいのに』で京極短編の魅力にはまった方へ、今度は『冥談』で生と死のあわいの世界を味わってみませんか?

六人のなかに私もいる

たぶん日常のなかで「死ねばいいのに」と面と向かって言われることは、まずない。もちろん、こちらから声に出して誰かに伝えることもない。この若い男は、理屈や建て前で自分を正当化する大人たちの本心を、素の言葉でたたみ掛け容赦なくえぐりだす。第三者だったはずの私は気がつけば物語の当事者となり、チクチクと胸を刺されっぱなしだった。言い訳すら通用しない彼の無防備な言葉は、まっすぐな子供の瞳のように強い。だからといってこの大人たちもとがめられない。うーん、難しい……。

重信裕加 寒暖の差が激しく、油断できない毎日。特に夜は、冬蒲団か夏蒲団か迷うことが多いので、最近は、夏蒲団in毛布が定番になりました


貪欲に生きられるのは才能だ

たとえば知り合いに「死ねばいいのに」なんて言われたら……。想像しただけでも心臓が止まりそうになる。自分の死を想像して、ではなくて、自分に向けられる悪意を感じてしまって。私も本書に登場する人々同様に、反発して「ふざけるな、死ぬわけないじゃん!」と思うだろうけど、本心は……というと自信がない。生に対して貪欲に「死にたくない」と執着するだけの材料を持っていられるか、微妙なところだ。事件の真相をうらやましく思ってしまった自分に、若干の後ろめたさを感じた。

鎌野静華 とあるカフェで、バニラアイスとメイプルシロップがどっさりトッピングされたアップルパイを食べました。ハマりました。カロリー……

たくさんの、“わたしたち”の物語

ひとの本能で、いちばんこわいのは“保身”だ。自分を守るために相手を攻撃したり、ことばで武装したり。そうしているうちになにが正しいのかわからなくなって、本音と建前の境界もあやふやになって、わかりやすい物語にしがみつく。できることならだれも傷つけたくなんてないけれど、たくさんのものを天秤にかけたとき、最後の最後で自分自身のエゴを貫くしかない。だけどそれは全部、“正しい”のだ。だってそうじゃないなら、わたしたちはみんな“死ねばいい”。それだけのことなのだから。

野口桃子 今月では、はやみねかおるさんの小説を志村貴子さんの挿画とともに特別掲載。ファン歴15年、嬉しすぎてお酒もないのに酔ってるみたい


結局は自分次第なのだけれども

渡来は、恐ろしい。彼にとって何が普通かというのが揺らがない。「俺、賢くないスから」と言いつつ、自分の中に絶対的に拠って立つ尺度があって、でもそれは他人に押し付ける種のものではないことを、おのずから知っている。世間や周りとの相対尺度で自分を考えてしまうみなは、渡来に揺さぶられ、今までのそれなりに長い人生で出来上がってしまったものが崩される。それは私たち読者の姿で。そして、こんな渡来は何者なのか。突き動かすものは何なのか。ずっと気になって一気読みだった。

岩橋真実 18日に山岳怪談短編集『山の霊異記 黒い遭難碑』(シリーズ既刊文庫『赤いヤッケの男』もよろしく)、25日に文庫『怪談実話系4』出ます!

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