2009年11月号 『追想五断章』米澤穂信

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/6

追想五断章

ハード : 発売元 : 集英社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:米澤穂信 価格:1,365円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『追想五断章』

米澤穂信

●あらすじ●

伯父が経営する小さな古書屋に身を寄せる、休学中の大学生・菅生芳光。ある日、店に訪れた北里可南子という女性から、亡くなった父・北里参吾が生前に書いた小説を探して欲しいという依頼を受ける。その小説は、リドルストーリーという結末の伏せられた形式の物語で、彼女はそれらの一行だけの結末部分を5つ持っているというのだ。多額の報酬に惹かれて依頼を受けた芳光だが、調査をするうちに、22年前に起こった“アントワープの銃声”という未解決殺人事件の存在を知る。それは、可南子の母・斗満子が死んだ事件で、容疑者は参吾であった。リドルストーリー自体の魅力に加え、ストーリーが事件と関わりあるものではと思い、残された掌篇を探し出そうとする芳光だが……。作中作と謎が密接に絡む本格ミステリー。

よねざわ・ほのぶ●1978年、岐阜県生まれ。2001年『氷菓』で第5回角川学園小説大賞ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞を受賞しデビュー。青春ミステリーを主に執筆する。著書に、『犬はどこだ』『遠まわりする雛』『ボトルネック』『インシテミル』『儚い羊たちの祝宴』ほか多数。

『ヘヴン』
集英社 1365円
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

小説の魅力を教えてくれる一冊

小説は書かれた時点で五割、読まれることで残り五割が補われて完成すると言われる。ゆえに著者と読者の共同作業であるとも。十人の読者がいればその数だけの読解があり、十種類の作品が存在する。それを具体的にカタチにしたものが“リドルストーリー”だ。ラストが書かれないだけで物語の意味も意図も玉虫色にゆらぎ、解釈は読者に委ねられる。まさに書き手と読み手が探り合い、挑み合うかのようだ。そしてそれこそが、そもそもの小説の魅力であり機能なのだと気づかせてくれる。そう、元来、小説はとても個人的な嗜好品なのだ。また本書は、この世に唯一の真実など存在せず、答えは常に私とあなたの中空で多様に変化していることも教えてくれる。ミステリー作品としての緻密な構成も見事だが、その奥で妖しく光る本への偏愛が素敵だ。

横里 隆 本誌編集長。先日、親友が急逝した。学生時代、しりあがり寿作品を教えてくれたのも彼だった。心から冥福を祈りたい

現実を生きる探偵への親近感

小説を手がかりに小説を探す。その設定だけでも本好きはそそられる。加えて、冒頭から読者を引っ張っていく構成やリドルストーリーの趣向が巧みで、読了したときの満足感が非常に高かった。トリック自体は驚くものではなかったが、結末に余韻があり、そこから作者の思いが浮かび上がってくるのだ。伯父の古書店を腰かけ程度に手伝っていた芳光。探偵役である彼は空前の不況という環境下で困窮し、やや投げやりになっていたが、小説探しの依頼に懸命に取り組むなかで自分の人生に向き合う強さを身につけていく。地味なキャラクターだが、その生真面目さに好感が持てた。本作は美しい本格ミステリーであると同時に、時代の空気感とそこに生きる人の現実を描いた青春小説でもあり、謎解きの爽快感とほろ苦さが同居している。

稲子美砂 昨年から進めていた『恋時雨』がやっとカタチになりました。特集で舞台裏を取材していますので、ぜひお目通しください

本好きな大人のためのミステリ

米澤穂信といえば「青春」とセットでイメージされるが、今回は違う。舞台は伯父が経営する古書店。家庭の事情を抱えたアルバイト大学生・芳光は報酬に目がくらんで、伯父の仕事を奪い取る。故人が残した5つの小説を集める仕事だ。何のために書かれた小説なのか?ダイイングメッセージなのか?出てきた5つの結末の意味するものは?22年前の夜の事件とは?と謎が謎を呼ぶしかけ。それも精緻に巧みに静かに。本好きだったら読まずにはおれない状況設定。米澤穂信、巧い! 挿入される5つの文章のバリエーションも素晴らしい。ルーマニア、インド、中国、南米のボリビア……。文体も少し古風に、固めに書かれたそれらひとつひとつも面白い。ラストは愛に満ちつつ、悲しく切ない展開。じんわり余韻が残る。

岸本亜紀 大田垣晴子『ことことわざおのことわざ劇場』、恩田陸『私の家では何も起こらない』を11月に刊行予定。お楽しみに

本好きにはたまらないご馳走

1ページ目からラストまで、ミステリーを読む愉しみに満ちていた。冒頭に置かれた少女・可南子の不穏な作文『わたしの夢』、そしてカバーと表紙に描かれた少女の姿から、彼女が何らかのキーであることは初めから明示されている。そのうえで、そのキーがどのように鍵をあけるのか、読者の興味を片時も途切れさせない見事なテクニック。探偵役は古本屋店員、謎を解くヒントは関係者の書いた掌編小説にあり、その小説を求めて探書が進められてゆく……この設定だけでも本好きにはたまらないが、作中作である掌編がまた滋味深い。昭和の奇想小説を思わせる、簡潔な文体でいて陰鬱な空気あふれるリドルストーリーは、単体でも充分魅力的なほど。そんな掌編に何の“鍵”が隠されているのか、精緻に組み上げられた謎をぜひ楽しんで。

関口靖彦 夜は鈴虫が鳴くようになり、今季初の熱燗をちびちび。酔いながらの読書は夜長の愉しみですが、伏線をぜんぶ忘れます

黒と白のあいだの無数の可能性

モヤモヤする。読後、叶黒白こと北里参吾に、わたしは少し腹立たしい気持ちがした。彼は娘を許せなかったのだろうと思ったから。だけど、彼は娘を守りもした。参吾はどうすればよかったのか。たぶん答えはない。ただ、無数の可能性のなから、それを参吾が選んだ。その選択を、どう受け止めるか。それは、可南子の物語であり、また別の誰かの物語だ。モヤモヤも当然か、すべての物語に結末はあっても答えはないのだから。

飯田久美子 『パピルス』のCoccoと伊藤みどりの対談がとてもおもしろかったのと、『うさこちゃんときゃらめる』が衝撃でした!

本格ミステリーの楽しさを堪能

なんというか、非常に私好みな佇まいの作品。夕暮れに秋風漂う今の季節にもぴったり。残された一行の結末と結末の伏せられた5つの小説をめぐる謎を、古書店に居候する大学生が解決する。現実に進行する物語の合間に5つの断章が入ってくるのだが、その挿話も素敵なら、沈黙の代わりにこんな断章を娘に遺す父親も素敵だ。結局、断章を埋める鍵は「ことば」ではなく「こころ」なのだ。くー、憎い。いぶし銀の一冊。

服部美穂 本多孝好さんの『WILL』は、『MOMENT』の7年後のお話です。神田君がものすごくいい男になっていました

米澤穂信アダルト版?

バブル崩壊の煽りを受けて大学を休学している芳光。本来、青春の真っ只中であるはずの芳光が出会った5つの断章には、一人の人間が生きた証が鮮明に描かれている。大量の古書が積みあがるこぢんまりとした古書店で、バイトをしながら燻っている彼にとって、それらの断章はどう映ったのだろう。ほろ苦い趣きがいい意味で大人向けなのだ。本書からも、古書特有の哀愁を帯びたにおいの空気が流れてくるように感じる。

似田貝大介 『幽』5周年記念イベント「怪談ノ宴2009」が盛況の内に幕を閉じました。イベントリポートは本誌210ページに

物語が意味するもの

依頼人から頼まれ、5篇の小説を探すことになった古書店アルバイトの芳光。平成4年というバブル崩壊後のやるせない時代に生きる彼と、彼が出会う、小説(リドルストーリー)の登場人物やその背景に見え隠れするドラマ。その精巧な構成にただただ圧倒されました。最後まで読み、あらためて序章を読み直すと、その面白さはさらに深まるはず。久々に大人が楽しめる本格ミステリーに出会いました。

重信裕加 最近、友人が次々に登山や散歩にはまっている。ダイエットにもいいらしいので、さっそく靴を買いに行こうと思う


愛で塗り固められたのは?

作中作として描かれたリドルストーリーの5篇がきれいだな、と思う。ものすごく毒をはらんでいるのに、文体の静けさからか、グロテスクだけど美しい“虫入り琥珀”のような魅力を感じた。5篇の作者である北里参吾にも、そんな魅力を感じる。プライドの高い男が、悩み苦しみ、それでも守り通したもの。その真実はグロテスクなものか、美しいものか。感じるのはその人次第、ということなんだと思う。

鎌野静華 夏も終ったというのにアイスにはまりました。秋冬はチョコやキャラメルの新作が多くて我慢できません……

予感が生む期待の向こうで

リドルストーリーの面白さは“予感”なのかな、と思う。結末の向こうに何かが潜んでいる、そんな予感は、明日こそ何か起こるかもというあてのない期待に似ている。〈物語がないのは父や自分だけではない〉と諦念を抱きつつ物語を探し続けた芳光は、謎を解くことでドラマを自分のものにしたかったのだろうか。ひたひた迫る虚しさと、断章が刻む予感。自分を見透かされているようで、ページを繰る手を止められなかった。

野口桃子 小路幸也さんの書き下ろし文庫『僕たちの旅の話をしよう』が25日発売。志村貴子さんイラストが目印! 垂涎ものです


覚悟をもって、微笑めるか

可南子が追いかける父は亡き人で、芳光の助けを借りて断章を集めてゆくしかない。彼女の感情がはっきり描かれることはないのだけれど、一番印象的だった。最後に物語が突きつけられる所は、かなり、キツい。自分だったら、絶対わやくちゃにして逃げる。それでも、彼女はそこで寂しげに微笑む。追想を終えてなお、からっぽにならず芯のある姿。そしてその未来の姿は、読者の中にある。静かに、けど重く鮮烈に残る小説だった。

岩橋真実 昔を振り返ると、微笑むよりも断然苦笑。最近、同窓会で7年ぶりの再会がありました。あんま変わってなかった、よね?

読者の声

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