2009年08月号 『龍神の雨』道尾秀介

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/6

龍神の雨

ハード : 発売元 : 新潮社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:道尾秀介 価格:1,680円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『龍神の雨』

道尾秀介

●あらすじ●

酒屋で働く19歳の蓮と、その妹である中学生・楓。7カ月半前に母親が事故で死亡し、再婚したばかりだった継父・睦男が残された。睦男は母の死後暴力を振るうようになり、その後仕事もせず自室に籠もりきりとなった。「あいつを殺したい」という思いを抱え暮らす蓮。一方、近所に住む中学生・辰也とその弟の小学生・圭介。彼らは母親を2年前に亡くし、父親は再婚後に病死。現在は継母・里江と暮らしているが、辰也は里江を拒絶している。「辰也は母が死んだのを、里江が殺したのだと思っている。」「しかし、母を殺したのは、圭介なのだ。」そして、雨の夜、ひとつの死体が生まれた–。赤いスカーフが首に巻かれたその死体、そして降り続く雨が、2組の兄弟の運命を翻弄する。暗転する決断の果てに、彼らに呈示される真実とは。

みちお・しゅうすけ●1975年生まれ。2004年『背の眼』で第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞しデビュー。05年刊行の『向日葵の咲かない夏』で注目を浴びる。07年『シャドウ』で第7回本格ミステリ大賞を受賞。ほか『ラットマン』『カラスの親指』など、精力的に作品を発表。

『龍神の雨』
新潮社 1680円
写真=石井孝典
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編集部寸評

誰のせいでもない雨のせいで……

梅雨の今、窓の外では誰のせいでもない雨が降っている。そう、雨が降るのも嵐が吹き荒れるのも誰のせいでもない。なのに蓮は、雨のせいで罪を犯し、雨のせいで失敗し、雨のせいで心を失ったと思い込む。本書では、雨は龍が降らせているものであり、龍は怒りと憎悪の感情が形を成したものとして描かれる。すなわち蓮と楓の怒りや悲しみが雨を降らせているともいえ、その雨のせいで過ちと誤解が上書きされていく。蓮と楓の兄妹も、辰也と圭介の兄弟も、雨に煙る世界で大事なものを見失っているのだ。本当は雨が降っているのは誰のせいでもないはずなのに……。物語終盤の息を呑む展開に、読者は土砂降りの中の真実を目撃する。そして物語を読み終えたとき、雨はやみ、雲のすき間からさす光が微かな希望を予感させてくれるだろう。

横里 隆 本誌編集長。今号の『テレプシコーラ』はすごい! 震えました。敬愛してやまない夢枕獏氏の『闇狩り師』特集もぜひ

すぐさま小説世界に引き込まれ

吹きすさぶ雨と風、心にわだかまりを抱えた2組の兄弟……読み始めた途端に、この『龍神の雨』の小説世界に引きずり込まれた。登場人物たちの不安や苛立ち、疑念や恐怖などがそのまま読み手に伝わるように、文章にさまざまな工夫が凝らされている。特にそれを感じたのは、蓮が自分の仕掛けた殺人計画を後悔する気持ちに苛まれ、すがるように電話をかけているときに兄弟の万引きを発見してしまうシーン。畳み掛ける短文で、カメラのように彼らの一挙一動を描写。臨場感にあふれ、人の心が瞬時に変化していくさまをすごくうまく表現しているように思えた。トリックや含みのあるラストもさることながら、雰囲気作りの秀逸さを楽しんだ小説。とにかくリーダビリティが高いので、道尾作品は初めてという人にお薦めしたい。

稲子美砂 今月末に萩尾望都さんの名作コミックを森博嗣さんが小説化した『トーマの心臓』を刊行。装丁も素敵! ご期待ください

ラストの解釈やいかに!!

雨が降ると暗くなるし、頭痛がする。本作品は雨降りの重い空気が冒頭からラストまで流れる。嫌な感じだ。誰が犯人なのか、こいつか、それともこいつか、話は二転三転する。ラストの解釈は読む人次第!というのも面白い。物語を牽引するのは人の善悪でなく運命だ。偶然や運が人々を翻弄する。人物像とは、自分の文脈の中であるべき像を作り出していくものだ。家族の中で信じられる人は誰なのか。ラストまで一気読み、目が離せない。この物語の嫌な感じは、自分が小学生のころ、嘘ばかりついていたときに似ている。大意もなく、自分をよく見せるためについた軽薄な嘘は、それを証明するために次の嘘を呼び、最後にはこんがらかってしまう。そのとき味わう、脂汗が出るような感じ。もう大人になって忘れたつもりでいたのに……。

岸本亜紀 道尾作品の中でも傑作! 加門七海『お祓い日和 その作法と実践』を17日発売予定。怪談文庫フェア開催中!

この世に名探偵はいない

2組の兄弟が、犯罪の渦に巻き込まれる物語である。どちらの兄弟も実の親を失い、継父・継母との穏やかならぬ日々を送っている。といって、親も子も単純な悪人ではない。それぞれに前を向いて歩いているつもりが、いつのまにかすれ違い、傷つけあう。時に、致命的に。そんな“悲劇”を道尾さんは、ミステリーという“娯楽”に仕立てて見せてくれる。謎とどんでん返しのエンターテインメント。だがそこに、あざやかに兄弟たちを救う名探偵を登場させないところが、真摯だと思う。殺される者は、かよわい善でもなく万死に値する悪でもない。殺す者もまた、正義を名乗るには愚かで、だが一概に責められない境遇にある。殺すことも殺されることも、ちょっとした誤りの連鎖でしかなく、人というものの無力さがありありと伝わってくる。

関口靖彦 怪談実話の本を2冊、進行中。深夜残業していると、他に誰もいないのに内線が鳴ります。もちろん無視します

犯人探し以外のこと

4人兄弟だからか、兄弟の話に弱い。だって兄弟は心強い。『スラムドッグ$ミリオネア』の、不良なおにいちゃんのこともずっと信じてたし、頼りに思っていた。「家族だけは信じろ」と蓮は言うけど、この小説を読んでいる間、わたしは「兄弟」だけは信じていた。でも、あのコが嘘ついてたなんて! その反動か、ラスト小さな兄弟に灯った小さな光に、少し泣けました。十二支シリーズらしいので、うさぎの話がたのしみです。

飯田久美子 山崎ナオコーラさん&荒井良二さん『モサ』も、笑って泣けるちょっと不思議でキュートな兄妹の物語です

雨は罪を洗い流してくれたのか

2組の兄弟たちの行く末はどうなるのだろうか? と彼らの境遇や心情に思いを重ねながら読み進めていたが、物語はどんどん思いがけない方向へ展開し始め、中盤以降は次の展開が気になって、とにかくページを繰る手が止まらなかった。どんでん返しに次ぐどんでん返しで、最後のオチもまさにしてやられたという感じ。ミステリーの面白さを堪能させていただいた。しかし、個人的にはその後の蓮と楓が非常に気になる……。

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嵐のなか、兄弟たちは龍を見た

雨の降りしきる不穏で多湿な空気が全篇を支配する。若く未熟な兄弟たちは人の闇に巣食う鬼に翻弄され、些細な掛け違いから罪を作る。運命という嵐のなかを手を取り合って生きる彼らだが、大いなる龍神の前では無力で愚かで矮小な存在なのだろう。伝説・伝承からのモチーフなどアイデアに溢れ、各所に仕掛けられた“罠”にも見事にはまった。道尾氏のブラックなユーモアも冴え渡る。雨の降る日にじっくりと味わってほしい。

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頭上の龍は見えるだろうか

血の繋がらない親と暮らす2組の兄弟。彼らに降りかかった悲運と疑惑が、冒頭から暗雲を立ち込める渦のように色濃くまとわりつく。感情が敵意を生み、少しの狂いで殺意に変わる。その瞬間が、日常にあふれていることが怖い。物語は二転三転し、ぐいぐいと引き込まれた。そして、親と子それぞれの立場になって考えてみた。辰也が言う「家族ってのは、爆弾なんだ」。これは運命に翻弄された、人間ドラマでもあると思う。

重信裕加 風邪と梅雨の引越が重なり、いろんな意味で大変なことになってます。今月は身体メンテ体力強化月間に決めました


少しの思い込みが呼んだ悲劇

かわいそうに。読後一番の感想はこれだった。2組の兄弟はまだ子どもで、大人の庇護のもと、愛情を注がれながらぬくぬくと成長できたはずなのに、なんで龍に魅入られてしまったのか。思い込みでまわりが見えなくなることなんて、子どもの頃は日常茶飯事だ。それが大事にいたらないのは、大人がセーフティーネットの役割をはたしてくれるから。自分の近くにいる子だけでも見ていよう、と強く思った。

鎌野静華 土屋礼央著『なんだ礼央化3』『どこだ礼央化』が同時発売。特典DVDではミルクレープ作り。千枚ってスゴイ……

疑心はなによりも恐ろしい

里江さんが怖かった。まっすぐ義理の息子に向き合う彼女が、実は陰でほくそえんでいるのかもと、非の打ちどころがないからこそ、疑う余地が生まれてしまって。優しい微笑がいつ反転するかもしれないという恐怖、それは何よりも恐ろしかった。それよりも、浅はかな悪意のほうがわかりやすくて安心する。疑心は立ち位置を見失わせる。大切な人であれば、よけいに。だから読み終えた今でも、私は誰より、里江さんが怖い。

野口桃子 夏に向けてダイエット!と宣言してからはや2カ月、ウォーキング日記はほぼ白紙。不安定な天気が悪いのです


自分の中のあの人しか見えない

彼らを翻弄した「あの人はこう」という思い込み。やるせない誤解が事件をもたらしたが、考えてみたら人間誰しも自分の頭の中の「あの人」しか見られない。しかも自覚は難しい。兄妹の状況は傍目には愚かかもしれないけれど、我々もそこからは永遠に抜け出せないはず。誰しも愚かで、現実にはこんな風にその誤解が表面化することなんて殆どないから、皆すれ違ったまま今日も生きている。そんな怖さを考えさせられました。

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