2008年10月号 『四人の兵士』ベール・マンガレリ

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/11

四人の兵士

ハード : 発売元 : 白水社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:ユベール・マンガレリ 価格:1,944円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『四人の兵士』

ユベール・マンガレリ
田久保麻理/訳

●あらすじ●

第一次世界大戦終結直後、1919年・冬。ロシア赤軍の兵士たちは、敵兵から逃れて森に逃げ込む。そこで4人の若き兵士たちが出会った。語り手のベニヤ、頭がよくてリーダー格のパヴェル、力持ちだがちょっとおつむの弱いキャビン、物静かで優しいシフラ。彼らはともに冬を越し、次第に絆を深めていく。やがて森を出た4人は、新たな野営地の近くに美しい秘密の沼を見つけ、彼らだけの時間を過ごすようになる。そこへ戦争孤児のエヴドキン少年が仲間に加わり、彼らの大切な日々をノートに記録し始める。先の見えない従軍生活の中で育まれる、静かな絆の物語。

ユベール・マンガレリ●1956年、フランス・ロレーヌ地方生まれ。17歳より3年間海軍に在籍した後、さまざまな職を転々とする。99年より本格的に執筆活動を開始。2003年、本書でメディシス賞を受賞。

四人の兵士
白水社 1890円
写真=川口宗道
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編集部寸評

どこまでも切なくて、温かい
静かに心に沁みる傑作

僕たちのはじまりは、いつも孤独だから、教室でもオフィスでも戦場でも、弱々しく友を求めずにはいられない。そして仲間を得たことで確保した、ひとときの居場所を慈しむ。でも一方で、そこがいつまでも約束された楽園ではないと知っている。どのような友であろうと別れは必然だから、失った後、いつでも立ち返れるようにと、胸の奥にその居場所を刻み込む。書くことはそれを助けてくれるだろう。これはそういう小説だ。4人の兵士たちは、皆、孤独で、不安で、心細くて、でも仲間と居場所があるから幸せなのだ。つかの間で、永遠の、友と時間と場所。全編に漂う果てしない切なさと不思議な幸福感はそこからきている。静謐で美しい物語。しみじみと傑作。

横里 隆 本誌編集長。ミュージシャン“たむらぱん”の『責めないデイ』という曲がすごくいい。パン屋じゃないですよ

人はどんななかでも
幸せを見つけられる

さりげなく交わされる4人の会話がとてもいい。「おまえの毛布、よかったらオレが洗ってやるよ、シフラ」「どうして?」「タバコの借りを返したいからさ」。過酷な戦時下においても、彼らは気持ちを通わせることでその日その日を愛おしむように生きていく。両親を亡くし天涯孤独だったベニヤの語りはたどたどしくも仲間への想いに溢れていて、人はどんななかでも幸せを見つけることができるのだと、改めて心が熱くなる。「タバコ」であったり「女の写真が入った時計」であったり、秘密の「沼」であったり、そんな共有の宝物をめぐる他愛のないやりとりを彼らがどれほど大切にしていたか??それを思い知らされるラストは何度読んでもやるせない。

稲子美砂 連日の猛暑で、かき氷を食べまくっています。専用スプーンも買いました

目を閉じれば無限に広がる冬
のロシア、荒涼とした世界……。

1919年ごろのロシア赤軍所属の青年兵4人。本来は不安やストレスでいっぱいのはずの毎日なのだが、極寒の冬をユーモアと笑顔で日々を淡々と乗り切ってしまう。私の少ない知識では、戦争ドキュメントリーといえばもっと傲慢で、性悪で、残虐なものだったのだが、本作は小説とはいえ、平和的で善意に満ちた奇跡的な物語で、じんわりほっこりする。急がない感じ。日々を創意工夫で楽しむこと。忘れがちな大事なことを思い出した。物語のラストに訪れた最初で最後の暴力には、予測はしていたけれど、すっかり4人のファンになっていた私にはきつかった。ここまでくるまでの長い散文詩がボディブローのように効いてきて、涙がぼろぼろこぼれた。

岸本亜紀 夏の疲れが残る年頃。京都での「怪談ノ宴」にお越しの皆様、ありがとうございました。11月刊行予定の東雅夫氏新刊を準備中

幸福のはかなさに対する、
大それた抵抗

本書の語り手である兵士ベニヤは、仲のよい4人での短い暮らしを、ていねいにていねいに味わう。茫漠と広がる草原にあるのは、沼と線路とちいさな駅舎くらい。そんな何にもないところだからこそ、ちょっとした会話やそのときの空の色、友人の表情を、味わい尽くすように記憶に刻んでいく。いずれそれらがなくなってしまうことを、わかっているから。だからエヴドキン少年の登場は衝撃だった。少年はノートに文字が書けるのだ。幸福な時間が残せる! それは幸福というもののはかなさに対する抵抗で、大それた抵抗に対して運命は容赦なく、残酷なラストが訪れる。だがわれわれ読者は、4人の兵士の笑顔を忘れられなくなっているはずだ。

関口靖彦 今年も弊誌増刊『幽』のイベント「怪談ノ宴」に大勢ご来場くださり、誠にありがとうございました!

自由はゼロにはならない
たのしいことは忘れない

不自由な状況のなかで残された小さな自由や幸福を享受することは、その不自由な状況に屈していることになるのだろうか。と、しばらく考えていた。自分を取り巻く環境が酷いということと、その環境下で自分がたのしい時間を過ごすことは、矛盾しないことをこの本は教えてくれる。だからといって、その状況(この本なら、戦争)が許されるわけではないことも。

飯田久美子 エヴドキンのノートのことがいちばん心に残っている。たのしいことは記録して絶対忘れたくないってわたしも思うから

まるで詩を読んでいるよう
こころに染みる美しい物語

戦争や兵士を描いた小説につきものの暗い激情や狂気を感じさせない物語だった。多くは語られないが、彼らの背景に過酷な現実があることは行間から漂ってくる。しかし、心に残るのは四人の透明な魂を持つ兵士たちの静謐な暮らしと、彼らの目に映る自然の美しさだ。ただそばにいて、沼で共に過ごすひと時を宝物にする彼らの姿が切なかった。

服部美穂 2特は、9/5発売の新刊『地図男』と、その著者で、2008年新人文学賞総ナメの新星・真藤順丈特集です!

友がいて、生きること
その幸せは替えがたい

肉体も精神も疲弊しきった4人の兵士たちは、帰る日に思いを馳せながら今を安らかに生きる、ただそれだけを願い、いつしか固い絆で結ばれてゆく。主人公の一人称で語られる本作は戦場にありながら、儚い幸福な日々を思い出すように、明日をも知れぬ兵士たちを、とにかく静かに、優しく描いている。だけど、その静けさは力強く響いてくる。

似田貝大介 怪談イベント「怪談ノ宴」も盛況のうちに幕を閉じ、今年も夏が終わりました。ご来場ありがとうございました

いまを慈しむ彼らの
かけがえのない日々

ロシア赤軍の4人の青年兵士たち。厳しい冬を乗り越えた彼らの、ほんのつかの間の休息が優しくて切ない。テントに集い、サイコロを振り、煙草をふかし、沼で遊び、他愛のないおしゃべりをする。ただそれだけのことがとても愛おしく感じられるのは、彼らが自分たちに限られた時間を知っているから。その喜びと悲しみに、静かに胸を打たれた。

重信裕加 『君に届け』特集・椎名軽穂さんの取材で、札幌に行ってきました。夏の北海道もやっぱり素敵です


絶望の中にある光は
美しくて儚い

青年たちが置かれた状況は、なんの希望も見いだせないほどに厳しいものだ。しかし彼らはまるで友達同士でキャンプに来ているかのように、秘密の沼でひなたぼっこを楽しみ、タバコを賭けてゲームをする。絶望的な状況とささやかな楽しみ、あまりのギャップに胸が締めつけられる。青年たちに幸せが訪れることを切に祈った。

鎌野静華 『君に届け』特集で取材させていただいたsunuiさん。とってもかわいいアトリエが印象的でした

文字と文字の合間から
静かにこぼれている感情

絶望というのはきっと、破壊的に落ちてくる何かではなく、少しずつ侵食してくるものなのだと思う。たとえばパヴェルの夢のように。幸福というのもきっと、わかりやすい躍動ではなく、4人の些細な日々のような、愛しさの名残の積み重ねで。そうした絶望と幸福のまざりあう日常、それを振り返る瞬間??想像して、胸がきゅっとなった。

野口桃子 図書館の匂いと淡い恋、ドキドキの修学旅行、野球好きな大人の青春、幼稚園の先生の大騒動……文庫で体感してください

一時の安息だとしても
彼らにどうか幸せな記憶を

戦いのない戦場で若い兵士たちが守るのは、小屋であり、沼だ。そこにある空気だ。ストイックで少年的で、「東側」の匂いを強く意識させる彼らの一体感には、どこか耽美的で破滅的で、ふとしたきっかけですぐにも壊れてしまいそうな危うさがある。彼らの精神状態もまた同じ。その危うさゆえの美しさは、やはり最後には壊れてしまうとしても、せめてあと少しだけ、と願わずにいられない。

中村優紀 いよいよブックオブザイヤーのシーズンです。今年読んだものを思い返してみると、大半がマンガでした……

戦争と日常と
心を紛らせてくれるものと

読んで、ぱっと浮かんだのは「気をまぎらせてくれるものの多い方が、なんとなく、いいような気がしてしまうんだ」(『砂の女』)。沼、タバコ、時計−−淡々とした文体でものぞく4人の異様な執着。そして少年のノートという希望を得るが……。最後には《希望》を得た「男」のことをそこでも思った。生きる拠り所を見つめるのって、げに切ない。

岩橋真実 もちろん2作は文体も設定も人物も全然違う。生にまつわる普遍的なテーマは、やっぱりぐっときちゃうんです

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