2008年09月号 『アカペラ』山本文緒

今月のプラチナ本

更新日:2013/12/4

アカペラ

ハード : 発売元 : 新潮社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:山本 文緒 価格:1,470円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『アカペラ』

山本文緒

●あらすじ●

直木賞受賞後、心の病の苦しみを明かしたエッセイ『再婚生活』を発表し反響を呼んだ著者が、6年を経て発表した受賞第1作。表題作ほか全3編。「アカペラ」は、中学3年のタマコが主人公。母との折り合いが悪いタマコだが、72歳の祖父とは恋人のように親密で、ついには二人で家出してしまう。「ソリチュード」は、いとこの美緒との交際に反対されて東京でダメ男生活を送っていた春一の、20年ぶりの実家での日々。美緒の娘・一花との交流の中で、ありえた可能性や今の自分を自問する。「ネロリ」は、病弱な弟・日出男と姉・志保子の物語。日出男中心の生活を送るうち、独身のまま50歳を迎えた志保子だが、突然一回り年下の男から求婚され、二人の生活に変化の兆しが……。

やまもと・ふみお●1962年、神奈川県生まれ。神奈川大学を卒業後、OL生活を経て作家となる。99年、『恋愛中毒』で吉川英治文学新人賞を受賞、2001年には『プラナリア』で直木賞を受賞する。その他、著書多数。

アカペラ
新潮社 1470円
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

著者、山本文緒の新境地!
静かで微かな希望に涙する

弱き者たちが、世界に立ち向かうために、小さな何かを抱き締めて生きていく物語。それは決して依存ではなく、でも生きていくために何かにすがらざるを得ない、そういう物語。弱き者たちは、そのまま僕たちだ。一方で、彼らを包み込み、見守り、世界と闘う存在が描かれる。それは「アカペラ」の姥山であり、「ソリチュード」のまり江であり、「ネロリ」では何とココアであった。抱き締める者と抱き締められる者と見守る者、三者のバランスの前で既存の家族の意味は薄れ、弱き者たちが絆を結んで生きていく姿が立ち現れる。ちっぽけで、ダメダメで、意地っ張りな彼らが(僕らが)身を寄せ合って世界に立ち向かっていく。そこにある微かな希望に涙する。

横里 隆 本誌編集長。先月刊行した『原宿ガール』は本当に面白いです! アイドルに興味がなくともぜひ読んでほしい

ゴンタマの一途さに
やられました

山本文緒ファンが読んだら、驚くだろうなあとまず思った。これまでの小説とは、文体もストーリーも登場人物のキャラクターもかなり変わっている。でも3編ともすごく好きな小説だった。テンションの高さはそれぞれだけれど、どれも静かなエネルギーに溢れていた。特に「アカペラ」のゴンタマ。両親に親らしいことは何一つしてもらえず、じっちゃんと生きるために中卒で働くことに何の躊躇も不安もなく、「お前は自分が可哀相だとか思わないのか?」という問いにきょとんとする彼女。守りたい存在のために何もかも投げ出せる強さ(それは脆さでもあるけれど)は、ある意味羨ましい。それだからか、ラストシーンの彼女の涙には私も泣いてしまった。

稲子美砂 特集制作のために宮部作品をまとめて再読。『火車』はやっぱりスゴイ。でも『おそろし』はさらにスゴイです

関係を壊すのではなく、
大変でも、持ちこたえること

山本さんは取材で語ってくれた。「若いうちは、イヤなら壊してしまえばよいと考えていたけれど、今は違う。歯車がかみ合わなくても、持ちこたえる努力をする。そして関係を壊すのはいつも若者と決まっている」と。本書に収められた3つの「実家」の話は、それぞれが時間をかけて積み上げた関係性を維持する物語だ。「ソリチュード」の家出したダメ男は、顔向けできない過去を清算せず、地に足をつけて暮らしているかつての恋人の暮らしに土足で上がりこむ。本当は、糾弾されてしかるべきことなのに、誰もそうしない。私も家族を持って大人になって、大変でも維持するしかないということがあるのだと、少しだけ分かるようになってきた気がする。

岸本亜紀 加門七海『心霊づきあい』、勝山海百合『竜岩石とただならぬ娘』、遠野りりこ『朝に咲くまでそこにいて』8月刊行です

考え込んでも考えなくても、
それぞれに苦楽がある

先のことを考え、自分の限界を知り、踏み外さずに生きる。人からはほめられるが、自分では「これでいいのか」というイラだちが拭えない。そんな人間がいる一方で、自分の欲求に忠実に、その場その場の感覚で、前へ進む人がいる。「野生児」と呼ばれたり「駄目な男」と言われたり。よくいえば素直だが、不意の事態に右往左往するしかないこともしばしばだ。この本にはどちらのタイプも登場して、どちらもそれぞれ苦しみ、たまに笑う。そしてどちらも、普通の姿で普通に暮らしている。私たちの何でもない日常の中で行き交う、普通の店員や普通の男や普通の女が、みんな違うかたちで苦しみ笑っている。その“何でもなさ”が読後、胸に迫ってくる一冊だった。

関口靖彦 8月22日、幽ブックスより唐沢俊一さん初の長編小説『血で描く』刊行。貸本漫画を巡る怪奇小説、乞ご期待!

無伴奏で
自分の歌をうたう

生きてると毎日いいことも悪いことも思ってもみないことばかりで、びっくりする。「ふつう」で「安全」な人生なんてどこにもなくて、みんな、一回きりの毎日を、リハーサルなしいきなり本番で、生きてるということを思わされる作品だった。自分で選びとるしかないし、結局のところ、自分の人生しか生きられない、という清々しい気持ちがしました。

飯田久美子 取材で黒柳徹子さんに会いました。以来、徹子に夢中です。『トットの欠落帖』は、笑えるしとくにおすすめ

無防備だった私はこの小説に
ずどんと打ち抜かれた。

「アカペラ」の主人公・タマコは、問題のある家庭に育ったが、周囲の大人も認める生命力の持ち主だ。両親の代わりに大好きな祖父を守り、特技を活かした就職先を見つけ、中学生らしく友達とカラオケにも行く。だがラストに暴かれた彼女の絶望と孤独、狂気を知ったとき、あっけらかんと逞しいたまこの姿に希望を見ていた私は、愕然とした。

服部美穂 今年は源氏物語千年紀。ということで『あさきゆめみし完全版』を読み始めたらとまりません。やっぱ面白い!

自分の気持ちに素直でいれば
通じあう瞬間があるのかも

人に自分がどう見られても構いやしない。それはきっと間違いだらけだから。表題作「アカペラ」のタマコとじっちゃんは、はたから見ても仲のよい祖父と孫だし、本人たちもそう思っている。けれど本当のところは本人にしかわからない。親密な間でも、どれだけ言葉で伝えあってもすれ違う想いは必ずある。でも、それが楽しいことかもしれない。

似田貝大介 京都の東映太秦映画村で怪談イベントを開催。イベントに出演される京極夏彦さんの新刊『幽談』発売中です

人は日々揺らぎながらも
がんばっている

沈んだり、回復したり、日々揺らぎながらも生きている登場人物たち。なかでも、家出をし、20年ぶりに実家に戻ってきたダメな男の言葉が印象に残った。いつも何かに逃げてきた彼が思う。「からまった糸を自分でほどこうとはしなくなった」と。彼のあきれるくらいのダメっぷりのエピソードに、あきれながらもどこか怒れない自分も。少し反省。

重信裕加 内館牧子さんの『エイジハラスメント』は、ぜひ男性に読んでほしい1冊。猛暑を吹き飛ばす面白さです


どんなカタチの人生も
自分の人生ならそれが日常

「アカペラ」は元気に頑張る女の子、「ソリチュード」はダメ男、「ネロリ」は地道に生きる女性の物語だった。2人の女性については、甘えもあきらめも逃げも許容して生きたって別にいいよね!と素直に思った。だって頑張っているから。でもダメ男は……何もしてないのに明るい未来だなぁ、甘い水吸ってるなぁ、……正直羨ましかった。

鎌野静華 サッカーのナイター観戦を楽しんできました。涼しい夜風とサッカーくじ! 別の意味で熱い夏の夜でした

そのままでいていいのかも、
と肩の力が思わず抜けた

甘えや弱さを憎んでいた。タマコのように、淡々と現実と向き合える強い人になりたかった。春一も志保子もココアもたぶん、自分が特別弱いとは思っていない。だめだなあと思っているかもしれないけど、あるがままの自分を受け入れている。そこになんだか脱力して、強いとか弱いとか、そんなもの実はどこにもないんじゃないかと、ふと思った。

野口桃子 エアコンをつけたら水が噴射。ビールとかき氷で生きてる人になんて仕打ち、と思いつつ、そのまま。暑い……

あなたはいまどこで
何をしていますか

時間は一様に流れるけれど、その使い方はいろいろだ。祖父との道ならぬ関係を育んだり、東京でダメ男生活を送ったり、弟の介護に尽くしたり。そして彼らの周りの人もまた、同じ時をまったく違うふうに過ごしながら、彼らに接するのだ。交わりつつも重ならない、時間。多重層のように描かれるそれぞれの時間のあり方に、深いな、と感じ入った。

中村優紀 原油高がこの先、産油国を含めた新興国全般の経済にどういう影響を及ぼすのか気になって眠れません……

諦念から不思議にも
醸し出されるアンバランスさ

決着は自ら無理につけずともいい。時がそれなりに解決する。家族が順風満帆じゃないタマコも「フツーに問題抱えてはいますが前途は洋々〜迷ったり考えたりはするけれど、まったく悩んでなんかいない」。ああその通り。けど著者は同時に微妙な歪みも描く。見事。悟りの孕む危うさに揺さぶられた。でもやっぱ無理に決着つけないでもいいよね。

岩橋真実 夢枕獏さん『キマイラ』、活躍中のあの人もファンでした! 豪華メンバーの寄稿コメントにもご注目ください

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