2006年05月号 『<新装版>片想いさん 恋と本とごはんのABC』 坂崎千春

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/26

<新装版>片想いさん

ハード : 発売元 : WAVE出版
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:坂崎千春 価格:1,404円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2006年04月06日


『<新装版>片想いさん 恋と本とごはんのABC』
 坂崎千春 WAVE出版 1365円

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 友達でも恋人でもない人と、一緒にバウルーを食べた、土曜日の思い出。『綿の国星』を読んで「わたしはわたしにしかなれないこと」を受け入れるのに7年かかったこと。片想いの人と遊びに行き、恋人との雰囲気を邪推して切なくなったこと。
 アルファベット順に、Aは「アップルティー」。Bは「バウルー」、Cは「猫」とテーマを設け、本と、ごはんと、忘れず抱き続けた片想いの思い出とを描いたエッセイ集。アルファベットに対応した26編と、新装版に書き下ろされた2編が収録されている。

撮影/下林彩子

さかざき・ちはる●1967年生まれ。イラストレーター、絵本作家。主な著書に『ペンギンゴコロ』、『クウネルがゆく』、『パンダのリンダ』、『ペンギンのおかいもの』など多数。JR東日本「Suica」のペンギンのキャラクターデザインも手掛ける。


横里 隆

(本誌編集長。バレエ発表会当日、開演3時間前に右脚の激痛で救急病院に運ばれた。疲労骨折直前だった。痛み止めで乗り切ったものの気分は六花・千花……。さ、切りかえて心置きなく炭水化物を食べようっと)

叶わない夢をあきらめない
届かない想いをいだきつづける


叶わない夢はどうしていつも鮮やかなのか。届かない想いはどうしてこんなにも透明なのか。そこには過剰な欲はなく、そこには微塵の嘘もない。ただまっすぐな祈りがあるだけだ。多くの場合、叶った夢はそれ以上の高みを夢想させ、成就した恋は無謀な独占欲と嫉妬心を生み出す。だから夢も恋も、成し遂げることで得るものよりも、願いつづける過程で得るもののほうがきっと尊い。そして何より、本当に望む夢は叶わないことのほうが多いだろうし、本当に好きな相手とは結ばれないことの方が多いだろう。安易に叶うのなら、誰も神社に願掛けには行かないし、占いも、恋愛小説も不要なはずだ。そう、僕たちは、“夢が叶わない”“恋が実らない”、そんな惑星に生きている。心から望めば何だって叶うと根拠なく信じていては、喪失したときに心が壊れてしまう。かといって何をしても無駄だと、はなから絶望してしまうのも不毛だ。ゆえに“叶わない夢をあきらめない”こと、“届かない想いをいだきつづける”ことが大事になってくる。それもまた、いばらの道ではあるけれど、そんなときは本書が、やさしく、やわらかく、あなたを抱きしめ、励ましてくれるだろう。


稲子美砂

(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当)

坂崎さんって、
きっと素敵な人なんだろうな。


『片想いさん』というタイトルで、自分には甘すぎるのでは?と思ってしまった文化系女子のみなさま。手にとって初めの数編だけでも読んでほしい。私自身、電車の中で読むのはちょっと気恥ずかしかったけれど、読み始めたら、すうっと本の中に入ってしまった。坂崎さんが隣で自分に語りかけてくれているような、まさにそんな感じで。彼女の片想いの思い出には違いないけれど、いろいろな本とともに語られるエピソードは、自分の中に隠れていた記憶に呼応して、ちょっと涙ぐんでしまったりもした。好きなのは新装版で追加になった『サーチライト』の章。『博士の愛した数式』の、記憶が80分しかもたない“博士”“私”のあいだに流れる温かいもの。「記憶にはなくても、魂は覚えているのかもしれない」と坂崎さんは書く。「きっと本当に大事なのは、大切な人の記憶を取っておくことではなくて、今、そばにいる大切な人に『わたしはあなたを大切に思っている』と、伝えていくことなんだ」。本当に、本当にそう思う。


関口靖彦
(最近読んだマンガでは、衿沢世衣子さんの『向こう町ガール八景』がすごくよかった。小田扉ファンはぜひ!)

片想いって、自分と向き合うこと。
その視線は、しずかに深まっていく


著者は女性、自分は男性、という違いはあるけれど、「ああ、こういう気持ちわかる!」と声に出しそうになるシーンがたくさん描かれていて、動悸が激しくなりました。10代のころ痛いほどに感じていた、人とつながりたいけれどそれが上手くできない絶望感。せまい学校を出て世間の広がりを知るうちに、絶望とまではいかなくなったけれど、やっぱり苦手意識は残っていたんだなと思う。でも、独りでいることは悪いことではない、と、この本は確認させてくれる。他人とのやりとりにあくせくするのではなく、ゆっくりしずかに、自分の思いを深めていく時間の大切さ。たとえば好きな本を読む。雨の音を聴く。ていねいにお茶をいれる。そしてじっくりと自分と向き合ったあと、“「好きな人と一番したいことはなに?」と聞かれたら、わたしは絶対に「いっしょにごはんを食べること」と答え”られたらいい。人と向き合うのは、遅くたって恋じゃなくたって、いいのだ。


波多野公美
(素樹文生さんの『ストロベリーショート』が好評発売中! 不思議でおいしいショートショート作品集。贈り物にも!)

人との比較ではなく
自分だけの価値観で決める幸せ

別の本を引き合いに出して恐縮ですが、この本と同じ種類の感動を与えてくれたのが同時期に読んだ叶恭子さんの『トリオリズム』でした。片想いを繰り返し、今では恋そのものから遠ざかってしまった坂崎さんと、世界中の大富豪やグッドルッキングガイたちとLOVEを楽しむ恭子さんは、“一般的な幸せ”をはさんで対極にいるように見える。でも二人は同じことを語っていると思った。幸せは、人との比較ではなく、自分自身の価値観で決めるもの。他人からどう見えるかではなく、自分がどう感じるかが大切だと。他人に自分の価値観をおしつけないスタンスも似ている。坂崎さんの正直さが感動的なエッセイでした。


飯田久美子

(トロリサーチで仕掛け絵本を作りました。カラーでお見せできないのが残念なくらいがんばりました)

「片想いさん」で
いられることの幸福


わたしは恋愛が好きだと思う。というより、「幸福=恋愛がうまくいっていること=両想い」という固定観念にがんじがらめになっている。だから、恋愛にまつわるちょっとしたつまづきに遭遇しただけで、もう人生も世界も終わりだという気持ちにおちいってしまう。だけど、世界も人生も終わりだという絶望感の中で、たとえばおうちのベランダから道行く人たちを眺めたり、知らない駅で電車を降りてただ歩いたり、真夜中の本屋で本を読んだり、神保町の喫茶店で女友だちとトーストを分け合ったり……。そういう小さなこと。世界には、小さいかもしれないけれど、恋愛以外にも楽しみも歓びもあることを思い出し、救われる。その小さいけれど、わたしを救ってくれた大切なことによく似たものが、この本にはいっぱいあった。でも、わたしは「片想いさん」に全然及ばない。たぶん恋愛に、片想いしてるんだろうなあ、と思いました。


似田貝大介

(ダ・ヴィンチ文学賞の選考も大詰めを迎えています。間に合わなかったというあなた、『幽』怪談文学賞に挑戦してみてはいかが?)

あせらず、たゆまず、
ゆっくりと歩くように

流れるような心地よい文章に騙されてはいけない。サブタイトル「恋と本とごはんのABC」がさらりと入り込んでしまうので。だから、ちょっと立ち止まり、ゆっくりと一篇ずつ読んでみる。電車の中で。お風呂の中で。仕事の休憩時間に。お湯が沸くまでに。すると、胸になにかがじんわりと染みわたってゆくのがわかる。それが“恋と本とごはん”への深い愛情なのかも。恋する人から、本の言葉から、美味しい料理から、受け取ったメッセージをいつまでも大切にできる愛情。あまり赤裸々に告白されてしまうと、男としてはなんとも複雑な気持ちだったりするけれど……、作品からにじみ出る温かさに、つい安心してしまう。


宮坂琢磨
(宇月原晴明氏の『安徳天皇漂海記』が面白い! 源実朝の男っぷりに涙が止まらん)

日々の雑感を綴るだけが
こんなに美しい


片想いという言葉を聞くだけで、裸足で駆け出したくなるほどの私には、ハードルの高いタイトルだ。自分から一番遠いタイプの作品と思っていたが、しかし実際に読んでみると、自分と違くない。正確に言えば、“構造”が同じだ。「恋と本とごはん」という要素が違うだけ。「恋と本とごはん」によって、変わってゆく坂崎さんの日常に対する視線は淡々としていて、だからこそ、機微が伝わってくる。片想い(アウトプット)と本(インプット)とごはん(生理)。このトライアングルを回転させて生きていくことは、誰も変わらないのでは。だが、それを脂っこくさせない坂崎さんの視点は、その目を持ちたいと思うほど清廉だ。

『グリムのような物語トゥルーデおばさん』

諸星大二郎 朝日ソノラマ眠れぬ夜の奇妙な話C 800円

森の中で出会った巨大な鉄の人形を解放するために、封ぜられた蛙の王様と婚姻するお姫様の物語『鉄のハインリヒ または蛙の王様』。男の夢に女が現れはじめると同時にアパートで起こる、いばらの異常繁殖。やがて、いばらはアパート全てを飲み込んでいく『いばら姫』。
 グリム童話をモチーフに、諸星大二郎が、その創造力を奔放に広げて描いた8編の短編集。


宮坂琢磨
言葉にならない奇妙な読書体験

素晴らしい作品に出会うたびに自分の想像力の限界を感じる。それは例え千年の寿命があったとしても、自分では決して生み出すことはできないであろう、範疇を超えたセンスに対する憧憬と出会いの歓びだ。『トゥルーデおばさん』を読むことは、まさしくこの歓びを味わうことに相違ない。ただ、ここで描かれるのは、範疇を超えた悪夢だが。
 例えば、『Gの日記』。奇妙な洋館に閉じこめられた少女の物語だ。彼女が歩き回る広大な館は人影はないが常に〝目〟が監視している。カーテンの向こうは、その度違う景色が映し出されるが、今まさに人を殺そうとしていたり、首つり死体がぶら下がっている景色。
 意地の悪い神様が作った世界のような居心地の悪さと違和感。何かが残酷なわけではない。何か凄惨な事件が起きるわけでもない。ただ、奇妙な居心地の悪さにこそ、想像を超えた想像の物語を具現化させる、その偉大さを感じさせるのだ。

イラスト/古屋あきさ

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