2005年09月号 『死神の精度』 伊坂幸太郎

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/26

死神の精度

ハード : 発売元 : 文藝春秋
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:伊坂幸太郎 価格:1,543円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2005年08月06日


『死神の精度』 伊坂幸太郎 文藝春秋 1500円

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 もうすぐ亡くなるであろう人間を、1週間調査し、その人間が死ぬことを「可」とするか「見送り」とするか判断する死神。彼らは「可」か「見送り」かを、別部署に報告するだけで、直接手を下すわけではなく、見届けることしかしない。その判断基準も個人の裁量に任されている。そして、なぜかみな、大の音楽好き。
そんな、死神の一人、千葉を主人公として描かれる6つの短編。
表題作「死神の精度」で千葉が見届けるのは、大企業の苦情処理係、藤木一恵。一人のクレーマーに悩まされている彼女は、千葉の前で「明日にでも死んじゃいたい」と呟く。千葉が下した裁定は……。
音楽のみを愛する死神の目を通して語られる6人の生き様は、時に滑稽で時に美しい。

いさか・こうたろう●1971年、千葉県生まれ。2000年、『オーデュポンの祈り』で第5 回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞し、作家デビュー。その後続々と作品を発表する。04年には『アヒルと鴨のコインロッカー』で第25回吉川英治文学新人賞を、ここに収録の『死に神の精度』で第57回日本推理作家協会賞短編部門を受賞する。


横里 隆
(本誌編集長。東京で震度5強の地震があった。身近にあって大切なものの輪郭が浮き出てくる気がした。編集長席の後ろの本の山など崩れようとも)

死は生まれる前に戻るだけ。

怖くないし、痛くもない(by 死神)


「誤りと嘘に大した違いはない。微妙な嘘というのは、ほとんど誤りに近い」——これは本書中に登場するセリフで、某映画から引用されたもの。とてもやさしい言葉。そしてこの物語がどのように世界を捉えているかを象徴している言葉だ。随所にこれとよく似たセリフ・設定が出てくる。「生と死に大した違いはない」「死神と神に大した違いはない」「幸せと不幸に大した違いはない」「犯罪者と思っていた奴は本当は被害者だったのではないのか」……etc。僕たちが怖れ、はっきりと区別してきた対立事項の垣根が取り除かれていく。その作業は丁寧に繰り返され、読む者を解かしていく。そして最後にこう昇華される。「人が死ぬことは特別なものではない、でも大事なこと」だと。ラストシーンで死神と老女が交わす言葉のやりとりが眩しい。すこぶるいい。光彩に満ちた世界に目を細めるとき、確かにその人の表情は微笑んでいるのに似ているかもしれない。同時にそのまま破願すれば泣き顔にも似ている。僕の中の嘘も本当も憎しみも慈しみも、実は大した違いはなくて、でもどれも大事なことなんだと、知る。


稲子美砂
(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当)

コミカルで軽妙であるけれど、心にズドンとくる


出てくる人はだいたいみんな死んでいくのに、清々しい読後感を残してくれる不思議な短編集。これまで彼の作品を読んできたファンも、初めて伊坂幸太郎を読んだ人も、たぶんこの『死神の精度』にはやられてしまう。そんな完成度の高さを感じた。6編の構成も練られているし、死神のキャラもこれまで数々の物語に登場した、どの死神よりも魅力的だ。「死」を考えることは「生」を考えることだとよく言われる。死神は彼自身の意図とは別に、「死ぬべき運命」を与えられた人に「生」を考えさせている。彼らは(一人を除いて)自分が死ぬなんて思いもしないのに。読者の多くは、死神がどういう基準でその人の死を「可」としているか疑問を持つだろう。本文では、それにはあえて触れていないけれど、私にはなんとなくわかる。なんとなくわかればいいのだと思う。特に好きな作品は、やっぱり「死神対老女」。死の淵に立ったとき、彼女のような心持ちになれれば、きっと人生は幸せだったのだろう。


岸本亜紀
(夏は怪談で多忙だ!『新耳袋』第十夜、怪談専門誌『幽』ともに絶賛発売中)

死神ってとてもキュート
伊坂氏の新境地!面白い!


死神が出てくる短編集……巷で話題の『DEATH NOTE 』か、『神曲』の地獄編かなどと思いきや、ミステリ仕立てでいながら、これまであまりないジャンルに仕上がっているのに驚いた。軽妙なテンポでありながら、生死に対して真摯。また主人公なる死神は美しい音楽が好きで、人間に対して興味しんしんなところがとても愛らしい。死神であることがバレそうになって、どぎまぎしているところなど、とてもキュート。物語全体はとても明るいし、時空を超えて生きる死神は、人間らしさを肯定して眺めている。私のそばにも死神がうろうろしているのかもしれないが、北欧神話に描かれる眷属のように、自分の側にいてくれる守護神のような存在なのかもしれないと思ったりして。いやはや、面白かった。


関口靖彦
(個人的イチオシは吉村萬壱『バースト・ゾーン—爆裂地区—』〈早川書房〉。『死神〜』がロックならこちらはデスメタル。ヘヴィ&バイオレント!)

コンパクトでキャッチー、小気味よいミュージック


「この仕事をやる上で、何が楽しみかと言えば、ミュージックを聴くことをおいて他にない」と語る、雨男の死神。もうすぐ死ぬことになる人間を一週間調査し、その死について「可」か「見送り」か決めるのが仕事だ——この設定の巧みさ! 死神、雨、音楽という読者の想像力を刺激してやまない要素がぽんぽん並び、調査期間も短編連作に過不足ない長さ。死に向かう人間の内面という、他者にはうかがいづらいものを、死神の超越的な視点によってコンパクトに描き出すことに成功した。そう、この本自体に、音楽のようなリズムが躍っている。重厚なクラシックではなく、シンプルでキャッチーなロック。小気味よいビートに、誰もがノってしまうはずだ。


波多野公美
(『この本が、世界に存在することに』へ愛ある感想を多数頂いてます。愛される本を出すお手伝いができて幸せです)

美しくて哀しい仕掛けにハマりました


気持ちよく心を揺さぶられる短編集だった。不慮の事故や誰かに殺されるという、ある種劇的な「死」を目前に控えた人々の6つの日常が、この本には描かれている。彼らの物語が愛しければ愛しいほど、結末を知っている読者は切なくなってしまうという、美しくて哀しい仕掛けに、すっかりはまってしまった。死神の目線で描かれる一週間の間、彼らは自分が死ぬとは知らないから、ごく当たり前の日常を生きる。「死」というフィルターを通してみると、そんな日常はなんてかけがえがなくて、ドラマチックなんだろう、と何度も泣きたくなった。『コンドルズ』主宰の近藤良平を起用した表紙も内容に合っていてよかった。


飯田久美子
(人気フードコーディネーターの松長絵菜さんに、名作に登場したお菓子を作っていただきました。オリジナルレシピも作っていただいたので、みなさんぜひトライしてみてください)

人間ってかわいい


もうすぐ死ぬ予定の人間に接触し調査のうえ、その人の死を「可」とするか「見送り」とするか報告するのが仕事の死神・千葉。でも調査結果はほとんど「可」と決まっていて、調査は形式だけのほとんどお役所仕事だ。千葉の仕事ぶりもテキトウなんじゃないかと思うくらいに、淡々としている。人の生死にかかわる大事な仕事なのに。でもそれもそうだろうと思う。だって、誰の死にも可もなく、不可もない。誰にとっても、死は死だから。そんな千葉の飄々とした目を通してみると、あらかじめ死ぬってわかってるのに、可もなく不可もない死に向かって一生懸命生きてる人間ってなんかかわいいなあと思いました。もちろん、わたしもふくめて。


宮坂琢磨
(風邪をひいて、下痢とせきが同時発生。緊張感にあふれた日々を送っている)

死と同様に特別じゃない、けれど大事なもの


「死は特別なものではない」。主人公の死神、千葉が一貫してもっている視点だ。そんな千葉が最後の短篇で出会ったのは一人の老女だ。人間の死を仕事として見続けた死神と、数々の身内の死を経験してきた老女の物語。同じく死を見続けてきた二人は、死に対する淡々とした受け止め方は共通しているが、その蓄積された思いは全く異なる。タイトルが「死神対老女」なのは、二人の関係を明瞭に表している。「死は特別なことではないけれど、大事なこと」と語る老女に誘われて、死神が見た、死と同じように特別じゃないけれど大事な風景。その情景の美しさ、死神の感嘆の言葉に、読み終わったあともずっと心を揺らされた。


重信裕加
(最近観た映画は『誰も知らない』。最近始めたのはお酢ダイエット。どれも1年遅れ)

死神から見た人間のおかしみ


最近、生死について考えさせられることが以前より多くなった。日々伝えられる悲惨なニュースや身近な人たちの病気や自殺。そして新しい命の誕生の意味。人間なら誰もが考える「死」について、ここに登場する死神は“なぜ死ぬのが怖いのか?”と私たちに問う。それは私にもよくわからないが、まだまだ死にたくはないし、結婚や出産だってしたい。最初は、こんな無常な死神に査定されるなんてたまったもんじゃないと思いながら読んでいたが、その憎めないキャラクターと、死神と人間の会話の面白さにぐいぐいと引き込まれていった。最後は、こんな死神がいても悪くないかな、とも。私には、理性をコントロールできずに人を傷つける、近ごろの人間のほうがよっぽど怖い。

イラスト/古屋あきさ

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