「書く」ことに囚われた3人の女性たちの本当の運命は?【第152回直木賞ノミネート作】

小説・エッセイ

公開日:2015/3/20

あなたの本当の人生は

ハード : 発売元 : 文藝春秋
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著者名:大島真寿美 価格:※ストアでご確認ください

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 「あやしうこそものぐるほしけれ」。かつて、兼好法師は、文章を書くことをそう表現した。確かに、文章は書き続ければ書き続けるほどに、何かに取り憑かれたかのような昂揚感を感じさせるものである。「文章を書くことだけが自分の人生を変えるすべなのだ」と信じて物を書き続ける者はこの世界にどのくらいいることだろうか。物を書くことはただ楽しいだけのものではない。時には苦しく、時には辛い。だが、どうしても辞めることはできない。そういう人たちは、気づかぬまに、文章を書くとこに取り憑かれ、そこから抜け出せなくなっているのかもしれない。

 第152回直木賞にノミネートされた大島真寿美著『あなたの本当の人生』は、文章を書くということの喜怒哀楽を描いた物語だ。物を書くということに捕われた3人の女は自身の人生に懊悩する。彼女たちに待ち受けている運命とはどのようなものなのか。3人の女の脳内を垣間見れば、小説家が小説を生み出す際に感じる苦悩がわかるような気がする。

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 新人賞を受賞したものの、それ以降伸び悩んでいる新人小説家の國崎真実は、憧れのベテラン女流作家・森和木ホリーの家で住み込みで修業することになる。だが、ホリーはとても風変わり。彼女の日常の世話は秘書の宇城圭子が取り仕切り、真実がすべき仕事はほとんどなかった。ホリーは、真美を自身の大ベストセラー小説「錦船」シリーズに出てくる黒猫「チャーチル」と呼び、彼女を猫扱いする。おまけに、ホリーが実は今、何も書けなくなっているということ、小説の仕事は辞め、エッセイはゴーストライターとして秘書の宇城が書いているということを知った真美は…。真実はこれからどうするのか。人の心を動かすものを書くことができるのだろうか。

 すっかり文章が書けなくなったホリーだが、彼女には不思議な能力がある。それは、人の本当に進むべき未来を言い当ててしまうというもの。「あなたの本当の人生は…」と語りかける姿は、不気味でもあり、幻想的でもある。しかし、ホリーは自分自身のことはわからない。本当は、自分はどんな人生を歩くべきなのか。本当は正解など誰にも分からない。何も書けなくなってしまったホリー。ゴーストライターであることを誇りに思いつつも、自分の作品を書きたいと思う圭子。不可思議なホリーの家に住むことになり、本当にこのままで良いのかと思い悩む真実。それでも、女たちは、結局は書かずにはいられないのだ。どこに逃げようと、気持ちをごまかそうと、彼女たちはペンを走らせ続ける。ペンの描く軌跡こそが、彼女たちが進むべき本当の未来を切り開くのだろう。

「書きはじめたら最後、そのしっぽを追いかけ、追いかけ、どこまでも追いかけ、がけの切っ先へ踏み出してしまう。こんな恐ろしいことをどうして始めてしまったのだろうと気づいた時にはもう遅い」

 嫉妬。驕り。不安。こんなにも小説家が自身の感情を吐露してみせた作品は他にあるのだろうか。文章を書く者だけでなく、自分の本当の人生はどこにあるのかと悩むすべての人に読んで欲しい1冊。


憧れの作家の家に弟子入りすることになったのに、その作家に”猫扱い”される!?

圭子から衝撃の事実を吐露される真実

書くことの喜び、そして、苦しみが作品全体からひしひしと感じられる

真実が自身の居場所を見つけるきっかけとなったのは…コロッケ!?