【ダ・ヴィンチ2015年5月号】今月のプラチナ本は『火星に住むつもりかい?』

今月のプラチナ本

2015/4/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『火星に住むつもりかい?』伊坂幸太郎

●あらすじ●

住人が相互に監視し、密告する。危険人物とされた人間は、ギロチンにかけられる。凶悪犯罪の予防という大義名分によって創設された「平和警察」が、「潜在的な犯罪者」を燻り出すことに全力を注ぎ始めた時代。多数の無実の者が無根拠な告発によって処刑されるが、市民たちは誰も抗議の声をあげることができない。そんななか、謎の武器を操る全身黒ずくめの男によって、任務遂行中の平和警察が襲われる事件が発生する。果たして男は何者なのか? 超人気作家・伊坂幸太郎が呈示する、21世紀のエンタメヒーロー小説!

いさか・こうたろう●1971年、千葉県生まれ。2000年『オーデュポンの祈り』で第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞し、デビュー。04年『アヒルと鴨のコインロッカー』で第25回吉川英治文学新人賞、同年『死神の精度』で第57回日本推理作家協会賞〈短編部門〉など、受賞歴多数。近著に『アイネクライネナハトムジーク』『キャプテンサンダーボルト』(阿部和重との共著)。

光文社 1600円(税別)
写真=首藤幹夫

編集部寸評

 

1体の改造人間ではなく、「組織」と戦うには

悪の組織と戦うヒーロー。子どものころ、誰もが憧れていた。だが大人になるにつれ、「悪の組織」ばかりがリアルに感じられてくる。もちろん奴らは、改造人間を律儀に1体ずつ送り込んできたりはしない。何しろ「組織」なのだから。社会のあちこちに潜み、網の目のように市民を監視し、これとターゲットを定めれば大勢で個人を取り囲む。そして市民の側は、自分という「個人」が狙われないよう沈黙し、あまつさえ「組織」に協力してしまう。そんな社会を描いた本書を読んで、現実の日本を思わぬ人はいないだろう。いま、ヒーローに立ち上がってほしい─本書はあくまで娯楽小説として、時代の空気に形を与えてくれた。ではヒーローが、改造人間を1体ずつ倒すのではなく、「組織」と戦うにはどうすればよいのか。このチャレンジに伊坂さんが挑んだ成果を、ぜひ読んでいただきたい。

関口靖彦 本誌編集長。「ヒーローもの」と聞くとあっけらかんとした印象を受けるかたもいると思いますが、本書はズシリと腹に来る“重さ”を備えた作品。ぜひ正面から受け止めてみてください

 

その“怖さ”にいろいろ考えさせられる

デヴィッド・ボウイの曲から連想したという『火星に住むつもりかい?』というタイトルが秀逸。“シリアス”にも“ユーモラス”にも“諦め”にも“奔放”にもとれて作品全体の雰囲気にすごく合っている。当初は『雷神』が予定されていたそう。もしそのままだったら、読了後の印象もちょっと違ったものになっていただろう。監視社会に対する恐怖についてはこれまでも描かれてきたが、今回はそれを徹底的に練り込んで物語化した印象。読んでいて精神的に痛かったし怖かったが、そういう思いをすべて回収してくれる構成が見事だった。人によってそこから得られるカタルシスはさまざまだと思うけれど、私自身、公の正義を振りかざす今の風潮に辟易していたのでヒーロー像も含め非常に納得感があった。設定は極端、でもさまざまな箇所に切実なリアルが潜んでいて、そのきめ細やかさに惚れました。

稲子美砂 会社が渋谷から飯田橋に引っ越し。溜め込んだ本やDVDのダンボールは数十箱。「家の引っ越しみたいですね」と。それを新居(?)に押し込めるわけもなく、校了前の1日が丸々整理で潰れた

 

自分にとっての正義とは。恐怖とは。

近未来を描いたフィクションを読んで、ありえる、こわいな、と思うことがあっても、想定としてはあくまでも、自分も死に、縁のある人が誰もいなくなっているくらい遠い未来を想像する。だが、本作の未来はとても近く、もうすでに私の背後まで迫って、いや、なんならすでにその渦中にいるのではと感じられ、他人事とは思えない恐怖を覚えた。「正義」の名のもとに行われるテロや戦争は今も続いているが、その芽は私たちの中に確実にある。自分は正しい、関係ない、だってそうするしかなかったから。それは卑怯だが、恐怖や暴力で支配されたら、抗うことは難しい。逆の立場にならないように身をすくめ、思考を止め、ヒーローの登場を夢見てしまう。だが、ヒーローは思いがけない形で現れる。現実は簡単にひっくり返らないが、視点を変えてみることはできるのかもしれない。そう思った。

服部美穂 荒木経惟写真展「男 アラーキーの裸ノ顔」展覧会、4/24(金)〜5/6(水・休)に表参道ヒルズで開催! 2特「男」特集内で北野×荒木対談時に撮影した武さんの生のプリントぜひ観に来てください

 

正義について考えてみた

中世の「魔女狩り」をテーマにした本書は、フィクションとは思えないほど怖かった。近未来の日本に設立された「平和警察」による、監視された社会と一般人の密告による独裁的な処罰システム。生き抜くための人間の本能がとてもリアルで、サディスティックな心理には身震いすらした。一変、平和警察が追う正義のヒーローの登場からラストまでの展開は、伊坂流エンターテインメントが炸裂! 統計学や昆虫生態の薀蓄なども楽しめた。正義とは何か──それが少しわかったような気がした。

重信裕加 会社の引越で、数年ぶりにバスから電車通勤に。通勤時間が長くなったぶん読書時間もふえました。ストレスも

 

きっと耐えられないと思う

主婦や高校生、普通のサラリーマンの現在となんら変わりない日常が穏やかな語り口で描かれているのに、その描写の中にひそむ「ギロチン」「処刑」「魔女狩り」という単語たち。床屋さんには防犯カメラが設置され、住民たちが互いに監視する社会。企業などでは似たような足の引っ張り合いが実際にあるかもしれないが、それが命を脅かすまでになると身動きが取れない。読んでいる間中、息苦しくて仕方なかった。オビに書かれた「あの、正義って何でしょう。」に縋りたくなるくらいに。

鎌野静華 貫井徳郎さん、ライセンス藤原さんのビジュアルブック『女が死んでいる』発売!新しい試みなのでぜひご覧ください

 

人間とはどのような生き物か

語り口軽妙、ストーリーしっかりのエンタメながら、人間についてじわじわ考えさせる哲学書のよう。物語内の日本では「危険人物」が公開処刑される。残酷? 現実の歴史上それは珍しくない。「正義の味方」を応援しつつ読むが、本人は、善いことをしている、ではなく○○(伏せます)と明確に感じている。善行とは、正義とは。人の思考は簡単に誘導されるし、尋常じゃない危険を孕んでも、自分は真っ当だと信じて疑わない状態に容易に陥る。自らの持ちうる暴力性に自覚的でありたいと思った。

岩橋真実 ネットで話題の『むすめと!ソラリーマン』カドカワオフィシャルストアではオリジナルポストカード2枚組付きです!

 

答えはなくとも前には進める

第一部はズーンと迫ってきて、読み下すのに時間がかかる。冒頭に〈魔女狩り〉の話が出てくるが、人々の思考が麻痺してしまった世界は怖い。恐怖が支配する世界で、僕らはどうすれば自分らしく生きられるのか。そんなことを考えながら第二部に入ると、探偵気質の変わりダネ警官・真壁が登場。一気に物語のテンポがアップし、ラストには驚くべき事実が待ち受けている。本を閉じると読後の余韻がじわじわ広がり、ふと「俺もできることをしよう」と体の芯から思えたのは新鮮な体験だった!

川戸崇央 『NARUTO』特集を担当させて頂きました。ファンや関係者の皆さまの一体感と愛の深さは、本当にすごいです

 

ヒーロー、待ってました!

帯の一文「孤独なヒーローに希望を託して─。」に惹かれた。逃げ場のない世界での抑圧、何が「正義」なのか分からない世の中。そんな中で突如、現れた謎のヒーロー! スカッとした。終盤、「孤独なヒーロー」の秘密が明かされていくが、その後の展開でも伊坂作品の醍醐味をたっぷり味わえる。エンタメ好きなら本書を読まなきゃ損! 参考文献のページに記載されていた、デヴィッド・ボウイの「LIFE ON MARS?」も聴き、2度楽しませていただきました。

村井有紀子 大泉洋さん著『大泉エッセイ』が文庫化! 4/25発売。さらに次号はTEAM NACS特集。気合入ってます!

 

小説の力を思い知る

伊坂作品を読了するたびに、村上春樹さんのエルサレム賞の受賞のスピーチを思い出す。真実は巧みに形を変えるためにその姿を正確に把握することは事実上不可能。優れた小説家は真実のありかを見つけ架空の場所へと運び小説の形に置き換えるというくだりだ。この小説の市民が犯罪者をギロチンにかける社会を笑いごとではなく、肌で感じられるほどリアルに描いた著者の筆さばきは今回も冴えわたる。衆人環視の社会が目の前に迫っているからこそ、誰しもがヒーローを待ち望んでいるのだ。

佐藤正海 新社屋に引っ越ししてきました。素敵なテラスがあるのに出れない。とかいろんなトラップだらけでとても辛い

 

恐ろしさと爽快感をダブルで味わえる

『モダンタイムス』が思い浮かぶ。根源のつかめぬ悪意と、それを止めることができない人間。読み味はズッシリと暗めで、疑心暗鬼に陥った登場人物たちの姿に、残念なことながら現実の日本を想起する人も多いのではないか。それでも最終的にヒーローに救われるあたり、作家の温かい人間性を感じるが、“いつおかしくなるかわからない自分”をつきつけられた。爽快感と重厚さの同居した珠玉の一冊。

鈴木塁斗 『NARUTO』特集担当。小学生の頃から読み続けてきた作品に携われるとは! 岸本・堀越両先生の対談は必読です

 

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