『火花』にみる作家・又吉直樹の力 『ダ・ヴィンチ』で「又吉直樹」を全45ページにわたり大特集!

小説・エッセイ

2015/6/5

 お笑いコンビ・ピースの又吉直樹が、作家としても絶好調だ。又吉初の純文学作品となる小説『火花』は、単行本発売前に掲載された月刊誌『文學界』を史上初の大増刷に導き、つい先日発表された、「オリコン2015年上半期”本”ランキング」の文芸・小説部門では見事1位を獲得。BOOK(総合)部門でも4位にランクインし、同部門がトップ10入りするのは、2013年上半期の村上春樹(『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』)以来の快挙だ。出版不況が騒がれる中、累計39万部を突破した『火花』は、6月11日(木)に、電子版も発売される。

 そして、今日6月5日(金)発売の『ダ・ヴィンチ』最新号では、「又吉直樹」を大特集。「あの人はどう読んだのか『火花』の衝撃」では、俳優・綾野剛や芸人・小籔千豊をはじめとする著名人たちがその魅力を語り、女優・樹木希林との対談、又吉直樹全作品紹介、秘蔵エピソード公開の「又吉直樹を巡る人々」など、全45ページにもわたる大ボリュームでお届けする。これほど多くの人たちを虜にする『火花』の魅力とはいったい何なのか。ここで少しその内容を紹介しよう。(DN編集部)

ピース又吉の話題作。今、人生がうまくいかないと感じている、お笑い好きなあなたへ

 あの文藝誌『文學界』を史上初の大増刷に導いた、ピース・又吉直樹氏の中編小説『火花』(又吉直樹/文藝春秋社)の人気が止まらない。そこで若手漫才師のリアルな青春群像が見事に活写された今作を、今一度ご紹介してみたい。

 ファーストシーンは、夏の夜。熱海湾の花火大会へ向かう沿道だ。

 主人公の木訥な若手漫才師の“僕”と、ザッツ・芸人を地でいくようなひとクセある“先輩”は、路上で行われた地元青年会のイベントで印象的な出会いを果たす。それぞれの相方と漫才を披露するも、ともにまったく客にウケない。 “僕”のコンビは客に声も笑いも届かず空回り。先輩コンビはあろうことか、先輩が客に悪態をつき主催者に罵詈雑言を浴びせられる。饒舌な先輩と寡黙な“僕”。イベント後に飲みに行ったふたりは飲み屋で、師弟関係の契りを交わす。

 天才肌のようでいて、いっこうに売れる気配のない先輩は、その独自のセンスが周囲に理解されないがゆえに、孤高である。先輩の人生自体も、ひと筋なわではうまくいかなそうな雰囲気に満ちている。

 売れない若手芸人の“僕”も、やはり違う意味で孤独である。芸人なのに口下手だから、合コンに連れ出されても女性とうまくしゃべれない。相方とのネタ合わせすら、歯車がかみ合わない。なんともいえない切なさ、もどかしさ、そして葛藤の日々がある。

 “僕”にとっては師匠である、先輩の笑いの持論はキテレツだ。先輩は「美しい世界を、鮮やかな世界をいかに台無しにするかが肝心なんや。なんでも過度がいいねん」と言い放つ。しかし非凡を追求することと、大衆が喜ぶ面白さとは、やはり微妙に乖離している。笑いに純真な先輩に対する“僕”の複雑微妙な感情を、又吉氏はこんなセリフでさらりと描く。「僕は憧憬と嫉妬と僅かな侮蔑が入り交じった感情で怖れながら愛するのである」

 後半は“僕”と先輩の蜜月関係の終焉に向かって、切ないエピソードが積み重ねられてゆく。師弟関係を結んだふたりの均衡は“僕”のコンビがプチブレイクしたことから亀裂が入る。これまで破天荒な先輩の生き様に憧れてきた“僕”。しかし、先輩は正真正銘の“あほんだら”。相手にしているのはもはや世間の基準ではない。片や“僕”は、実はどんな瞬間も面白い芸人になりたかった。少しばかり売れた“僕”は、自分の人生のために先輩を全力で否定してしまうのだが…。

“僕”が最後に放った漫才には、ある種の爽快感と切なさが漂う。そしてそんないいエピソードのその後に、やや意表をつく肩すかしな顛末も用意されているのが、又吉氏らしい。エンディングは冒頭と同じく熱海の空の下で行われる、花火大会。先輩との苦しくも濃密で熱い葛藤の日々の終わりは、どこか北野武の昔の映画『キッズ・リターン』を思わせる。

 お笑いとは、夜空に一瞬きらめく花火のようなものかもしれない。どーんと打ち上がって、パッと開いたらあっという間に消えてしまう。劇場で見るお笑いライブにはその日その瞬間、その場だけで消え去ってしまう良さがある。

 この作品は、刹那な笑いの世界に青春をかけた芸人たちを描きながら、読む人が思わず自分を重ね合わせてしまうような、グッと心つかまれるフレーズや表現がちりばめられている。本を閉じたあとに浮かんでくるのは、全力で生きるかぎり、バッドエンドは決してないのだというメッセージ。最近、なんだか元気が出てこないという人は、ぜひ本書を手にとり、ページをめくってみてほしい。

文=タニハタマユミ

火花』(又吉直樹/文藝春秋)