ユーモアの中にもえもいわれぬエレジーの混じり込んだ極上のロード・エッセイ

小説・エッセイ

2011/11/9

どくとるマンボウ航海記

ハード : PC/iPhone/iPad 発売元 : 中央公論新社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:電子文庫パブリ
著者名:北杜夫 価格:486円

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この本は、作家 北杜夫を一躍有名にした出世作であり、刊行の1959年当時にそれまでの日本文学にはなかったタイプのユーモアが大いに人気を博し、北杜夫をベストセラー作家に押し上げた記念碑的傑作である。

東北大学医学部卒業後も、慶応病院の医局に残り「勉強をするふり」を続けていたという北は、なぜか船医となり外国へ行くことを卒然と決意する。そうして、紆余曲折はあるものの、600トンの水産調査船に乗り込み、インド洋からアフリカ沖をまわり、欧州を目指す5ヶ月の航海に出ることになる。そのときの思い出を綴ったのがこの「どくとるマンボウ航海記」にほかならない。

全編にはまことにとぼけたユーモアがふんだんに漂い、実に快い読み心地となっている。それはそのユーモアのとぼけ加減が、端正ともいえる文書の品格の中に、取り澄ました顔をした語り手がそしらぬ体で人を食ったことを語る絶妙の味わいだからで、上質の笑いに出会える喜びもこの本との出会いには隠れているといっていい。

マラッカ海峡での星空、シンガポールで熱帯の蝶を追い、アントワープの夜霧に滲む灯火を眺め、描かれる風景は現代の飛行機でまわる外国とはまるで別の場所のように読み手の心にしみいってくる。この本で旅する海と港には、異国情緒というものがまだ生き残っているのだ。

それは、北杜夫の文体に、どのような描写の時も必ず、ある「エレジー」が混じり込んでいるからだ。それは彼のほかの本の場合にも例外ではない。思わず笑わされてしまうようなジョークの書かれているときにも、その文章の裏側には、ひっそりと「哀しみ」が、でなければ「淋しさ」が流れている。

それでいて暗鬱でない。それが作家北杜夫のかけがえのない魅力である。