【ダ・ヴィンチ2015年9月号】今月のプラチナ本は『朝が来る』

今月のプラチナ本

更新日:2015/9/4

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『朝が来る』辻村深月

●あらすじ●

望まぬ妊娠をした女性の子ども、朝斗を引き取り、養子とした栗原夫妻。平穏な日々を送っていたある日、女性から電話を受ける。「子どもを、返してほしいんです」「それがもし嫌なら」「お金を、用意してください」。脅迫まがいのその電話の主が名乗った名前は、確かに息子の産みの母の名前だった─。子を産むことができなかった者、そして子を手放さなければならなかった者。両者の葛藤と人生を重厚な筆致で丹念に綴り、出産を巡る女性の実情を描き出す、辻村深月入魂の長編小説。

つじむら・みづき●1980年、山梨県生まれ。2004年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞、デビュー。11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞受賞。著書に『凍りのくじら』『太陽の坐る場所』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『盲目的な恋と友情』『ハケンアニメ!』『家族シアター』など。

辻村深月 文藝春秋 1500円(税別)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

もがきながらも光へと向かう意志

人の意志の強さを描いた物語だ。どうしても子どもができなかった栗原夫妻と、子どもを手放さざるをえなかった母親・ひかり。自分ではどうにもならない、そんな状況にあって、それでも人は意志の力で進んでいく。とくにひかりの姿には胸をうたれた。自らの意志を明確に把握し、言動にうつせる栗原夫妻とちがい、ひかりは弱い。整理のつかない感情に流され、思うところとは異なる言葉が口からこぼれてしまう。それもまた、自分ではどうにもならない家庭環境による影響が大きいが、それでも光に向かって進もうという意志が、その名の通りひかりの中にあったのだ。彼女のもがき苦しむ姿は、子を持つ/持たない、そして男女の別を問わず、すべての読者に共鳴するものだろう。だから、まさに光のふりそそぐラストシーンには、誰もが涙するはずだ。

関口靖彦 読後、カバーにまっすぐ据えられた「朝が来る」という文字を見て、その力強さにあらためて心を揺さぶられた。先の見えない闇夜を越え、朝が来る。そのことを忘れずにいたい。

 

親になること

数年前から養子には興味があった。以前、ノンフィクション番組で望まない妊娠によってできた子供たちが、不妊に悩む夫婦のもとにひきとられていく様子を見たとき、その背景をもっと知りたいと思っていたのだ。通常は知らされないという子供を手放す側の事情、引き取る側の事情を、本書では描いている。養子であることを子供のうちから伝えるというのも大きな驚きだった。が、そうした姿勢こそが産みの親に対する敬意と感謝につながり、血に脅かされない真の家族を作り上げていくのだと、栗原夫妻の真摯で温かい姿勢から学んだ。一方、自らがまだ子供のような立場のときに子供を授かり、転落の人生を歩んでいくひかり。しかし彼女にとっても子供の存在がどこかで支えになっていたように思う。何が人を親にさせるのか。それを考えさせられた一冊だった。

稲子美砂 米澤穂信さんの新刊『王とサーカス』、すごい傑作です。こんな読み心地はまさに〝初めて〞と感じた一作。グルメ企画では米澤さんの食への好奇心と探究心には圧倒されました。特集ぜひご一読を。

 

子を産むとは。親になるとは。ずっしり心に残る力作

子どもができたらどうしよう。という不安がいつの間にか、子どもができないどうしようという焦燥に変わる。皮肉なものだと思う。若いときは、大人になれば誰でも親になるし、子どもは欲しいと思ったときに授かるものだと思っていた。心と体と環境の準備が整ったときに、人は自然に子どもを授かるものだと。だが現実は違う。本書には、子供を産むことができなかった女性と、産んだ子供を手放さなければならなかった女性、二人のそれぞれの物語が描かれている。どちらの物語も、重く心にのしかかってきた。私は、未婚で出産経験もないが、彼女たち二人の身に起きた出来事は、いつかの、そして、これからの私に十分に起こりうることだ。全く他人事とは思えず没入していくなか、ラストシーンで、彼女たちの息子の発した言葉に涙が止まらなかった。

服部美穂 「本と旅する、一泊二日」特集、北陸少女マンガ旅はとても楽しかったです! なかでも『月影ベイベ』の舞台、越中八尾のおわら風の盆ステージは素敵でした。次回はぜひ祭を観に行きたい!

 

母子の物語だけではない

産む、産まない、産める、産めない。どれに該当するにせよ出産・子育てがテーマとなる作品は、読後おなかいっぱいな気分になってしまうのであまり読まないのだが、帯の一文にあった「子どもを、返してほしいんです」という、ミステリーにもホラーにもそれ以外にもなりうる行き先に興味を持って読み始めた。二人の対照的な母の姿と、これまた対照的な父の姿。母子の物語となりがちなテーマの中で、彼女たちの思考・決断に大きな影響を及ぼす男たちの姿が新鮮だった。

鎌野静華 七夕の日に黒×黄色の浴衣を着てドルトムント×川崎の試合をスタジアム観戦。試合はもちろん何年か振りに七夕短冊を飾らせてもらったり楽しかった!

 

平凡を装う強さと孤独の代償

決して万人には理解されない地獄を抱える栗原夫妻と、一時は間違いなく幸せの絶頂にあった片倉ひかり。両者の人生は二度交錯する。友や師、男を求めながらも離別を繰り返すひかりの人生は転落し、一方の栗原夫妻は支え合いながら自分たちが納得できる答えを見つけ、過去を乗り越えていく。そこで浮かび上がるのはひかりが抱える抗いがたい孤独な運命と、栗原家のしなやかさだ。血縁を超えて苦しみを分かち合うことができるほどの絆を築いた栗原家の、平凡を装った強さだ。

川戸崇央 供給側から考えると、子育てをネガティブに捉える言説が目立ってきたことと、養子制度は切っても切れないはず。封建時代の実例を勉強してみたい。

 

この本に出会えて良かった

出張帰り、新幹線から山手線に乗り換えて本書を読み続けていた。ラスト数ページで予想外の展開に面食らってしまい、「胸が熱くなるとはこのことか」とばかりに、ぼろぼろ涙が出てきて、車中にも関わらず、鼻水が出るほど泣いた。第4章で、辛辣に散りばめられた現実に、一気に優しい言葉がかぶさってくる。ひかりのある真摯な行動に心揺さぶられ、佐都子の強さと優しさに救われる。朝の優しい、きれいな光を浴びたように、心が満たされて。この作品に出会えて良かった。

村井有紀子 旅特集の『由布院 玉の湯』さん(P40)が素敵すぎて、取材にも関わらず幸せな時間を過ごさせていただきました。両親をいつか連れて行きたい!

 

問題意識を強く喚起させられた一冊

過酷な不妊治療の果てに養子を迎えた夫婦が歩んできた道のり。その子供の産みの母である少女が辿ってきた道のり。本書で描かれるそれぞれから深く考えさせられるのは、「親と子の関係」「家族のあり方」「性教育の未熟さ」という3つのテーマだ。身近にいそうな人物像とリアリティのある描写が、これは他人事ではないのだぞと強く重たく迫ってくる勢い。もし自分が子を持つ親になったら、恋愛や性の話題を避けずちゃんと性教育もしよう……なんてことを、しみじみ思った。

地子給奈穂 今号の特別企画BL特集を担当しました。私がBLと出合った20年前は隠れてこっそり読んだものですが、今ではだいぶ市民権を得たもよう……?

 

名前に込める親の思い

個人的に、本書には何より、親が子の名前に込める思いの強さを見せつけられた。不幸の形を異にする二人の女性と、その周りの人々の救いとなる、一人の男の子、朝斗。「母になる」ということは、永い夜のトンネルを抜けた先にようやく迎えることができる、朝のようなものなのかも知れないと思わされる胸を押しつぶすような、母たちの辛い生を綴りながらも、帯にある〝感動長編〞の看板に偽り無し、底抜けに優しい、まさに夜明けのような物語だった。母や父に読ませたい。

鈴木塁斗 元高校球児の父が付けたこの名前、結局全く野球はやりませんが(先日バットを振ったら腕が若干肉離れ気味です)、響きはとても気に入っています。

 

母親たらしめるものとは何か

母親は、必然ではない。子供を産んだからなるのでも、子供を産めないからならぬのでもない。妊娠を望めなかった女性と、望まぬ妊娠をした少女が、表裏の視点から「妊娠」と「母親」のイコールならざる関係性に直面し、苦闘する。明けぬ夜は無い、はたしてそれも必然だろうか? 母親になる、ということが、長く暗いトンネルを抜けた先で、ようやく手に入れる誰かからの承認の証であるからこそ、この『朝が来る』というタイトルに込められた意味はあまりにも、重い。

高岡遼 暑かろうが、寒かろうが、いつでもお腹は空くタイプです。最近グッドだったのは、「龍天門」の冷やし坦々麺と、「天丼てんや」の野菜天盛り合わせ!

 

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