人生の1冊ともなり得る、きわめて印象深い短編集
更新日:2011/11/24
哀歌
ハード : PC/iPhone/iPad/Android | 発売元 : 講談社 |
ジャンル: | 購入元:eBookJapan |
著者名:遠藤周作 | 価格:1,134円 |
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強く生きられるものの宗教ではなく、弱く怠惰で卑屈にしか生きられないもののためのキリスト教、代表作「沈黙」に結実するそうした思想の断片が、繰り返し試みられた12の短編を集めた印象深い1冊。
生涯にわたり肺の病を抱えた著者に、さまざまな光を当てて投影した語り手たちが登場する私小説風の作品が多い。夫婦の風景が描かれ、信仰に悩む男が描かれ、病に苦しみ死に怯える夫が描かれる。
どの作品にもあらわれるのは、孤独のうちに生まれ、わびしく生き、ふたたび孤独のうちに死んでいかねばならない宿命的な人間の姿であり、救い主といわれながら救いの手を一度も差し出してくれなかったと思うしかない「あの男」への想いだ。にもかかわらず、語り手にはいつも、哀しい目で自分を見つめる「あの男」の眼差しがついて離れない。その眼差しは時に九官鳥や猿や犬の哀しい目となってあらわれもする。
偉大な画家が描きあげる「あの男」の立派な顔ではなく、哀しい泣き顔のような弱々しい「あの男」の顔というイメージは、作中に登場するたびに、ひどく清らかで、慰藉となって読み手にやってくる。
だがそれだけではない。語り手の男はあるときは妻を冷たいと感じたり、またあるときは不倫にも落ちるのだが、彼の中にはなにかこわばったようなものの手ざわりがあり、そのこわばりは明らかに他者との関わりをゆがめているのだ。それはあるいは分かりやすく「意地の悪さ」といってもいいかもしれない。その「意地の悪さ」から仕返しされるように世界に窒息しかかり、その救いを「弱いあの男」に求めるとき、たとえば「私のもの」という作中で、長年つれそった妻に「君なんか…俺…本気で選んだんじゃないんだ」と罵る言葉はほんとうであるだけににわかには拭い去れない感動のようなものを与えてくれる。
ひょっとすれば、人生の1冊となるような短編集である。
夫婦の間に吹くうそ寒い風を描く短編は人生をある程度生きたものには深い感慨があるだろう
のちの傑作「沈黙」につながるエピソードも登場する
哀しげな動物の目のイメージは繰り返しあらわれるモチーフだ
言ってはならぬことを妻に言ってしまう男の真情はあまりに切ない
「あの男」への思いは全編を通じる遠藤周作の生涯のテーマ (C)Junko Endo 1988