【ダ・ヴィンチ2015年12月号】今月のプラチナ本は 『岸辺のヤービ』

今月のプラチナ本

更新日:2015/11/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『岸辺のヤービ』梨木香歩

●あらすじ●

緑豊かな湖沼地帯で寄宿学校の教師をしている「わたし」は、ある晴れた夏の日、ふわふわの柔らかい毛におおわれ、二足歩行するハリネズミのような、ふしぎな生き物と出会う。1粒のミルクキャンディーをあげたことから、そのクーイ族の小さな男の子「ヤービ」との交流が始まる。キジバトの背に乗って空を飛んだり、水をはじくスーツを着て水中を自由自在に泳ぎ回ったり……ヤービが語る、水辺の生き物たちの胸躍る物語の数々。梨木香歩が愛する児童文学と自然への思いが詰まった、マッドガイド・ウォーターシリーズ第1弾。

なしき・かほ●1959年生まれ。『西の魔女が死んだ』で日本児童文学者協会新人賞、新美南吉児童文学賞、小学館文学賞を受賞。他の著書に『裏庭』『家守綺譚』『冬虫夏草』『海うそ』『ぐるりのこと』『水辺にて』『渡りの足跡』など。

梨木香歩:著、小沢さかえ:画
福音館書店 1600円(税別)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

ただの掛け声でない、心底からの「はげまし」

物語のラスト、たった7文字のヤービの言葉を読んだ瞬間、涙があふれた。悲しいシーンではない。むしろ明るく、力強い言葉であるのに。この言葉を私は言ってほしかった、そして自分も言いたかった、みんなと言い合いたかったんだ。そう気づかされ、嬉しくて泣いてしまったのだ。この物語は、懐かしい児童文学の薫りを漂わせながらも、はっきりと現在に立脚している。美しい水辺の自然が描かれるが、「大きい人たちの影響」などにより、動植物は年々様子を変えつつある。ヤービたちが即座に滅ぶ状況ではないものの、いずれはこの土地からの移動も必要かもしれない。今すぐではなくとも、子どもが大きくなる頃には……。そんな状況で、土地と人々を「はげます」言葉の力。上っ面の掛け声ではなく、心の奥底からのはげましが、この本にはある。

関口靖彦 本誌編集長。「夢のような楽園、という意味でのユートピアはどこにも存在しない」ことをシビアに認めたうえで、われわれはどう生きるか。大人に、そしてやはり子どもにこそ読んでほしい。

 

読書中は違った時間が流れる

自分も岸辺でこんなにカワイイ生きものと出会ってしまったら……そんなことを空想してしまうほど、「わたし」とヤービの交流は楽しい。人間主体の世界で生活をしていると、ついつい自分も動物の一種であることを忘れてしまうが、大自然の中でその恵みを受けつつ、またそれに大きな影響を受けながら暮らすヤービとのやりとりは、〝生きる〟ということの根源的な楽しさや苦しさを思い出させてくれる。ファンタジックなこの世界に一気に入り込んでしまうのは、梨木香歩さんの温かい目線と丁寧な描写、小沢さかえさんの愛らしい挿絵の力によるところが大きい。初めて読む物語なのに、昔小さいころに自分が夢で見ていたかのような懐かしい気持ちになって、読書中は違った時間が流れている。再読は一気に読んでしまうのが惜しくて、毎日少しずつ少しずつ。

稲子美砂 『3月のライオン』特集で、羽海野チカさんにインタビュー。この記事を読んで最新11巻を読み返すと、また違った感慨があるのでは!と思うほどの充実した内容です。ぜひご高覧ください。

 

大人のなかの“子ども心”を蘇らせる童話シリーズ

本屋で見つけた瞬間、まず装丁にひとめ惚れ。ナルニア国物語やコロボックル物語を彷彿とさせる世界観。その物語を紡いでいるのが梨木香歩さんで、装丁を手がけたのが名久井直子さんとくれば、絶対はずれなしと思い、自宅に持ち帰った。小沢さかえさんの装画と挿絵も素敵。ヤービが大変かわいらしい。ハリネズミのような外見ということだが、その毛はきっと猫のようにふわふわに違いないと想像しながら読んでいた。ポリッジ・フレークとクルミ粉をまぜた揚げ菓子、蜂蜜とローズマリーのプディングなど、ヤービ家のお茶会に登場する食べ物がまたなんとも美味しそう。彼らの日常のなんと豊かなことだろう。子どもの頃、実家の裏山で毎日遊んでいた日々を思い出した。日々の雑事に囚われて、つい遊び心を忘れがちな大人にこそ読んでほしい一冊。

服部美穂 児童文学といえば、佐藤さとるさんの名作シリーズ「コロボックル物語」を受け継ぎ、有川浩さんが紡いだ『だれもが知ってる小さな国』が素晴らしかった!! 大人になって続きが読めるなんて!

 

かわいいヤービを子どもたちへ

絵本や児童書は、世界中で長年愛されているベストセラーが多い。作品に込める「子どもたちに伝えたいこと、楽しんでほしいこと」は、いつの時代も同じだからかもしれない。そんな状況のため、いまの作家が子ども向けの作品を残していくことはなかなか難しいのだそう。梨木さんがヤービたちの冒険を形にしてくれたのは、自分たちと同じ時代の作家が書いた〝新しい〟物語を子どもたちに届ける幸運を我々に与えてくれたということ。小沢さかえさんの素晴らしい絵とともに。

鎌野静華 ダ・ヴィンチ初の秦基博さん特集です。撮影中、秦さんの鼻歌とつま弾くギターの音色が聴こえ、思わず作業の手をとめ聴きいってしまいました。役得!

 

男子の原点

「鞄は、かわかしたカヤツリグサの茎を細かく編んだもので、その上から、たんねんに蜜蝋がぬりこんであります」(22ページ)。ここまで読んで一気に童心。モノのディテール描写は男心をどうしてこんなにくすぐるのか。言葉で模られたモノや空間は実在しないはずなのに、弛緩した日常よりたしかな手触りをもって感じられる。そうして本を閉じ、戸外に飛び出すことで言葉は自分の中に取り込まれ、命やそれが住まう世界の豊かさを教えてくれる! こうして大人になったのでした。

川戸崇央 今月のトロイカは「昔好きだったけど今は遠ざかっているニガテ本克服」企画。児童文学をあげる声も多かったです。ちなみにトロさんはハードSFに挑戦。

 

力強くて、かわいくて、美しい本

本書を手にすると、ふと懐かしい気持ちになった。幼少期、母が度々プレゼントしてくれたのは、本だったから。『岸辺のヤービ』のような「箱付き」の綺麗な本。あの頃のワクワク感が蘇える。かわいい装丁。そしてページをめくるとひょっこりと現れるイラストは美しく、物語には「生命力」を感じる。ヤービたちの言葉はとても力強くて、胸を打たれるばかり。「みんな」にも、自身にも、くりかえすことば。それは「みんな、がんばれ」。─大人にも子供にも、贈りたい一冊。

村井有紀子 柚木麻子さん特集担当。美味しいお鮨を沢山いただきました! で、気づけば、来月号はブック・オブ・ザ・イヤーって……時間が経つの早……(遠い目)

 

ファンタジーのなかに垣間見える命の現実感

優しく愛らしい装画と挿絵。表紙裏に描かれた森や河畔の地図。ファンタジー童話に初めて触れた時のような懐かしいワクワク感が湧き、物語に一気に惹きこまれた。一方で、他の命を奪い食べなければ生きていけないという葛藤や、人間の環境破壊による住処への影響など、ヤービたちの日常描写からは、大人になった今読むからこそ真剣に考えてしまう現実も垣間見られる。子どもも大人も一緒になって読んでみてほしい。素敵な装画の箱付きなので、贈り物にもオススメの一冊。

地子給奈穂 秦基博さん特集をいくつか担当しました。ファンアンケートの回答が愛に溢れていて情熱的で、読みながら目頭が熱く……。ぜひご一読ください♪

 

全ての子どもと、かつて子どもだった大人に

人生の節目ごとに読みなおしたい。しみじみとそう感じる本には、そうお目にかかれない。私にとってそのうちの一冊は本書と同著者の『西の魔女が死んだ』なのだが、あの心の内にそっと火が灯るような感慨を、10年以上を経てまた得ることができるとは。森に分け入っていくような昂揚感と、そっと効いた風刺。そして何より、ラストのヤービの一言が、一端の大人になった自分の胸を一突きにした。更に10年後の自分は、これを読んで何を感じるのか。それが楽しみでならない。

鈴木塁斗 今月のコミックダ・ヴィンチは、『orange』高野苺さん独占インタビュー。松本はやはりいいところ。老後はああいうところで過ごしたいです。

 

心して読んでほしい大人の児童文学

可愛らしいイラストと平易な言葉で紡がれた児童文学だが、安易な癒し系を期待しない方がいい。本書は命の営みに深く向き合った物語だ。明日の為に時に命を奪い、時に自らがその脅威にさらされる覚悟をしながら生きる喜びを噛み締める。可愛らしいヤービたちの日常が、そんな生と死の積み重ねの上に成り立つことを著者は決してごまかさない。読み終えて、改めて表紙を眺めてみるとドキリとする。ヤービの小さな瞳に、心の奥までをじっと見つめられているような気がした。

高岡遼 小学生の頃に読んだ『西の魔女が死んだ』は、活字が心を揺さぶることを初めて教えてくれた一冊でした。本書はそれを再確認させてくれました。

 

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