【ダ・ヴィンチ2016年3月号】今月のプラチナ本は 『私は存在が空気』

今月のプラチナ本

更新日:2016/2/5

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『私は存在が空気』中田永一

●あらすじ●

「この世界に私のことをしっている人間がはたしてどれくらいいるのだろう」。人よりも存在感が極めて薄い鈴木伊織は、友人の春日部さやか以外の人間には認識すらしてもらえない。ある日、さやかの話をきっかけに、バスケ部の上条先輩のことを知る。かっこいい彼に興味を持った伊織は、自分の体質を生かして先輩のストーキングを始めるのだが……。表題作「私は存在が空気」をはじめ、どこか切ない6編の「超能力者×恋物語」を青春小説の名手である著者が描く。

なかた・えいいち●1978年福岡県生まれ。2008年、『百瀬、こっちを向いて』で単行本デビュー。11年、『くちびるに歌を』で第61回小学館児童出版文化賞受賞、12年本屋大賞第4位に。

中田永一
祥伝社 1500円(税別)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

1話ごとにうれし涙が流れる短編集

“すこし不思議”な設定を持ちながら、普遍的な“孤独”の物語が詰まった短編集だと思う。1話読み終えるごとに、じんわり涙ぐんでしまった。でもそれは「孤独、つらい」という涙ではなくて、うれし涙。孤独を感じている者どうしが、ひとときとはいえ触れ合い、すれちがっていく、そんな瞬間が描かれているからだ。人間は、永遠かつ完全に理解し合うことなどできないけれど(たとえ超能力を持っていても)、すれちがう一瞬に気持ちが通じたり、勇気が湧いてきたり、未来に向かって背中を押してもらえたりする。それを「一瞬だから儚い」と嘆くのではなく、「一瞬だからこそきらめく」と信じさせてくれる一冊だ。もちろん暗い出来事も世の中にはままあって、それをもちゃんと描きながら、あたたかな読後感に導いてくれる著者の筆力は圧倒的。

関口靖彦 本誌編集長。収録作ではいちばん短い「恋する交差点」が非常に象徴的で、お互い必死に腕を伸ばし、指を伸ばし、ようやく爪と爪の先が触れ合う、その瞬間の尊さが胸に沁みました。

 

切実さとおかしみのディテールが秀逸

長さもテイストも違う6編の中でいちばん心を掴まれたのは「少年ジャンパー」だった。“酔っぱらいの吐瀉物”のような顔面の僕(カケル)は、ライトノベルの中の二次元の美少女を心の支えに引きこもり続行中。そんな彼が偶然助けた美しい先輩の願いを叶えるためにジャンプ能力をフルにつかって奔走(跳?)する。中田永一としてのデビュー作『百瀬、こっちを向いて。』のノボルも劣等感のカタマリで、特殊能力は使えないものの近しい立ち位置だった。こうした男子の葛藤を、切実かつ可笑しく描くのが、著者は天才的に上手い。気がつくと、彼を応援せずにはいられなくなっている。本作は、ジャンプという能力の使い方もひねりがきいているし、博多弁の会話も妙に和やかな雰囲気を醸しだしていて、その読み心地に強烈に惹かれた。

稲子美砂 次号の有栖川有栖さんの特集を鋭意準備中。アリスシリーズ未読の方にもハマッていただけるように広く深く楽しめるものにできればと。土屋礼央さんや米澤穂信さんとの対談など盛り沢山です

 

能力によって世界と、人とつながるわけじゃない

自分に超能力があったなら、と憧れる。しかし、彼らのように、その能力を隠しながら生活せざるをえない場合、超能力によって人気者になれるわけでもなく、むしろ人との違いを不自由に感じることのほうが多いのかもしれない。本作のなかの1編「恋する交差点」では、彼女の特異体質によっておきた、ある現象によって結ばれた二人は、その能力によって、翻弄もされる。何度手をつなごうとしてもはなればなれになってしまう私たちがうまくやっていけるのかしら?と思うと、結婚にも踏み込めない。そんな二人の最終決断は、実は超能力によってもたらされたものではなく、ふつうの男女となんら変わらない。特別な能力によって人の幸不幸は決まらない。結局、人とつながるのに必要なのは、“思い”だし、現実を動かすのは、ほんの少しの勇気なのだ。

服部美穂 3月発売で『本好きさんのための 東京 コーヒーと本』と、今日マチ子さんの『百人一首ノート』を作っているのですが、どちらもすごくかわいい本になりそう! 女子におすすめ!!

 

読んだら前向きになる恋物語

すっごくかわいい恋の物語が6つ。ただし主要人物が超能力者だ。個人的に「ファイアスターター湯川さん」が好きだった。彼女は“発火能力”という力を持っていて、その力の大きさに引き寄せられた悪と、なんなく渡り合うことができる。反面、老夫婦の営む銭湯での仕事を楽しみ、古くてせまい木造アパートでの生活を慈しむいたって平和な女の子でもある。そのギャップがそこかしこにちらばっていてほっこりしたり、ドキドキしたり忙しかった。湯川さんがもっと見たい!

鎌野静華 コミックエッセイ『気づいたら貧困層!?』発売。いまお金がなくても月々3万円で2000万円作れるんだったら将来設計が少し描けそうな気が……。

 

目を凝らす事の大切さを教えてくれる異能者たち

存在を限りなく透明にし、認知を回避する女子高校生が奮闘の表題作ほか5作からなる短編集。「ジャンプ」と名付けられた瞬間移動能力を持つ引きこもりの男子高校生が主人公の「少年ジャンパー」。地元・福岡の自室から吉祥寺やサンフランシスコにひとっ飛びするも、一人旅は面白くないわけで……。こっそり「ジャンプ」を続ける彼の変化に気付くのは一体誰なのか。続く表題作は校正者の母を持ち、違和感を察知することに長けた友人の存在が鍵。まさかのラブストーリーに注目!

川戸崇央 今月で連載95回目を迎えたトロイカ学習帳、8月号で節目の100回! よくネタが持ったなぁと思いつつまだまだ行きます。記念号、お楽しみに!

 

透明感たっぷりな短編集

今作はちょっと不思議な短編集。なかでも私は「少年ジャンパー」が一番好き。一度訪れたことのある場所に瞬間移動できる主人公の男性と、彼の能力を知った無邪気な女性とのやりとりが描かれているが、その透明感たるや! 主人公のせつなくも愛おしい胸の痛みにキュンときて……。中田永一さんの『くちびるに歌を』を拝読したときもそうだったけれど、読後には、じんわりとあたたかい優しい気持ちになっていた。浅野いにおさんのカバーイラストも素敵です!

村井有紀子 4年ぶりに引っ越しを決意。荷物を詰めなきゃいけないのに、夏休みの宿題と一緒でどんどん後回し状態……。無事引っ越しできていますように

 

ちょっと変わった人々のほんのり切ない恋物語

超能力作品といえば派手で華やかという固定概念が崩された。瞬間移動ができたり透明人間並みに存在感を消せたりするのに、その力を地味に、ひっそりと使う。思いを寄せる人のためだけに。一見いたって普通だけど「普通じゃない」存在である彼らが、自分しか持っていない(であろう)力を使うことは、(たとえ伝わらなくても)最大限の思いの伝え方なのかもしれない。そう考えると、超能力の物語という面白さ以上に、恋物語のほのかな甘酸っぱさが残る読後感にも頷ける。

地子給奈穂 2.5次元特集を担当しました。観客を魅了する理由や秘密、制作サイドや役者さんの心意気に迫った濃厚な内容になってます。ぜひご一読ください♪

 

不思議で、切なくて、でも“普通”の恋物語

超能力を存分に駆使して何もかもを思い通りに運び、意中のあの人からも熱視線を向けられ……。という話かと思いきや、そこは中田永一作品、全然ちがう。どの作品でも、主人公たちは超能力に頼ることなく(きっかけであるかもしれないが)、最後には死ぬほど怖いはずの一歩を踏み出してゆく。結局恋をするうえでは、色々な事情というのはちっぽけなもので、全ては自分の心ひとつなのだということを、押しつけがましくなく教えてくれる、著者本領発揮の珠玉の短編集だ。

鈴木塁斗 次マン特集担当。1年で1000冊くらいマンガを読んでいることに気づく。しかし2月から文芸編集部に異動(!?)。今までありがとうございました!

 

超能力にもまさるもの

超能力があっても全てが思い通りとは限らない。例えばそれは、理想の自分へと姿を変えて、恋する相手と両想いになること。偶然、超能力を授かった登場人物たちが、不器用に力を駆使しながら想いを伝えようとする姿は、微笑ましくもどこか切ない。もの凄い力を手に入れて、地球の裏側にだって一瞬でテレポート出来たとしても、本当に必要なのは自分の足で一歩前に踏み出す勇気なのだ。それこそが自分を変えるたったひとつの力なのだと、著者は教えてくれる。

高岡遼 次マン特集を担当しました。とある作品紹介のために海外の方とやり取りすることに。言葉のサポートをしてくれた友人たちに、この場を借りて感謝!

 

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