さすがSFの巨匠。45年前にこれほど未来が見えようとは・・・

小説・エッセイ

2011/12/22

48億の妄想

ハード : PC/iPhone/iPad/WindowsPhone/Android 発売元 : 文藝春秋
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:eBookJapan
著者名:筒井康隆 価格:315円

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本書が最初に出版されたのは、1965年のこと。著者が31歳の頃である。本好きならば一度は必ず通る、SFの世界。星新一、小松左京と来れば自然に筒井康隆にはまるのが定石で、筒井康隆を読み始めると、後の読書がなんとなく物足りなくなるような感覚はいまだに鮮明に覚えている。彼の緻密で毒の効いた独特な世界に没頭しすぎて、逆に拒否反応が出るまで読んでしまう、私にとってはそんな作家だった。

そしてン十年と筒井氏の本を広げずに来て、久々に、まためぐり合った。出版された65年といえば、カラーテレビが普及する直前の時期。東京オリンピックでテレビの普及が加速し、カラーテレビの登場で、テレビが更にお茶の間に必須のアイテムとなってゆく、そんな時代だ。誰もがテレビの中に憧れ、テレビの中に出てきたもの・ことを信じ、テレビも大衆の見本たるべく、プライドがあった時代。そしてそれもほんの一瞬で、誰もが「視聴率」という数字に囚われの身になってゆく…。筒井康隆はそのことを天才的な直感で嗅ぎわけ、65年にこの作品を書いているのだから、すごい。

冒頭から強烈である。平和な家庭の中心はテレビ。画面に映し出される東南アジアの戦争の捕虜が拷問されるのを見て、家族は平然と、いかにもっと効果的に拷問を見せるか、死ぬ瞬間も短く唐突でつまらないから投書しよう、などとと話す。政治も「国会の乱闘だけにとどまらず、選挙の予想と勝敗が、競馬なみにスポーツ化され、党首会談はショー化された。裁判さえショー化された」。こんな記述も、リアリティショーすらなかった時代の一節と思うと、改めて感動する。筒井氏は完全にテレビの役割の何十年も先を見通していたのだろう。その洞察力と、その世界を説得させるに耐えうるフィクションと説明を加え、綴ってゆく手法は圧巻だ。

会話の多さ、会話の中に含まれる情報量の多さは、そのまま筒井氏の頭のシワを垣間見るような複雑さ。それでいて、テンポがいいのに驚かされる。マスコミで働く主人公の「折口」もが、やはりマスコミと言う怪物に踊らされ、利用されてゆくくだり、これも今では驚くほどのことではないが、65年とは、まだまだテレビの権威があった時代だ。これほどまでに予言的な内容だからこそ、今読むのが面白い。

SFを読まなくなって長い時間が経った。情報の分析にも、入手にも不自由のない生活、だからマスコミやテレビも「利用する」だけで「利用される」ことはないと思っている私たち。でも情報社会は本当に大事な、筒井氏のような「発想」や「予想」を私たちの頭から奪っていったのかもしれない。そんなことを読後思う。文句なしに、面白い。

平和な一家の平和な戦争談義。唐突にこの家族もテレビの一部になってしまうとは知らずに…

テレビを見ていると、どうしてこうも人は残酷になれるのだろう

「大昔、旅をするのは死地に赴くことだった」。このページにも深くうなずく

こういう字面の1ページが書けるのも、氏の才能 (C)筒井康隆/文藝春秋