【ダ・ヴィンチ2016年12月号】今月のプラチナ本は 『夜行』

今月のプラチナ本

2016/11/5

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『夜行』

●あらすじ●

「鞍馬の火祭」を見に行こうと、京都で学生時代を過ごした5人の仲間が10年ぶりに集まった。10年前、彼らは同じように鞍馬の火祭を訪れていた。しかし当時の仲間は6人。もう一人の仲間である「長谷川さん」は、その祭りの夜、神隠しのように突然姿を消してしまったのだ。
彼女の不在を胸に抱えつつ、再会した5人は貴船川沿いの宿で一夜を過ごす。雨の夜が更けていくなか、5人はそれぞれ旅先で出会った不思議な体験を語り出す。すると奇妙なことに、彼らの語る旅のエピソードにはいずれも、岸田道生という画家による「夜行」という作品が登場しているのだった。
10年前の失踪事件。謎の連作絵画「夜行」。彼らはふたたび「長谷川さん」と会えるのか──。青春小説とファンタジーの要素を織り込んだ、旅の夜の連作怪談。

もりみ・とみひこ●奈良県生まれ。京都大学農学部大学院修士課程修了。2003年「太陽の塔」で第15回日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、作家デビュー。07年『夜は短し歩けよ乙女』で第20回山本周五郎賞を、10年『ペンギン・ハイウェイ』で第31回日本SF大賞を受賞。TVアニメ化もされた『四畳半神話大系』『有頂天家族』ほか、著作多数。

夜行

森見登美彦
小学館 1400円(税別)
写真=首藤幹夫

編集部寸評

 

これは「真実の世界」か「魔境」か

読んでいる間、夜の中にいるようだった。暗く、しずかで、どこからか水の音がする。章を読み終えたところで顔を上げると、周りが明るいのが不思議に感じた。雨の夜の宿で、登場人物5人が語り合うのは夜行─夜を旅する物語だ。果たして曙光は訪れるのか。早く明けてほしいような、いつまでも夜が続いてほしいような─。時おり花や炎が不穏に夜を照らすが、その明かりは夜の暗さを強調するばかり。登場人物たちが岸田の銅版画の世界に吸い込まれていくように、われわれ読者もこの小説に呑み込まれてしまう。本書「第四夜 天竜峡」の言葉を借りれば、絵画や小説という芸術が人をいざなうのは「真実の世界」なのか「魔境」なのか? おそろしくも忘れがたい読書体験はそうそう出来るものではない。ぜひ、この一冊で夜を味わってみてほしい。

関口靖彦 本誌編集長。夜、列車、手を振る人、ということでディケンズ『信号手』を思い出し、そのイメージを背負いながら読んだのでこわさ倍増。でもずっと読んでいたい、そんな本です。

 

深い、とてつもなく深い、生死をめぐる物語

“夜”という言葉から、あなたは何をイメージするだろうか。「夜行」という銅版画に誘われた登場人物たちの旅の語りを読んでいると、いつしか自分も、自分の“夜”へと向かう旅に出ていることに気づく。本書がむちゃくちゃ恐ろしいのは、それぞれの話の得体の知れなさもさることながら、個人個人が蓋をしていた“夜”の記憶の扉を叩くからだと思う。一歩踏み出して目の前の現実が、“夜”に溶け込んでいく甘美な瞬間。果たして、その世界に入った読者に、作家はどんな出口を用意しているのか。その道筋こそが10周年に対する作家の宣言であると読んだ。作中にちりばめられた金言をじっくり味わいたければ、3回くらい再読することをお薦めする。そうすることで、精密に構築された『夜行』ワールドの果てのなさにもきっと気づくはずである。

稲子美砂 森見登美彦特集&ジョージ朝倉特集を担当。ともにロングインタビューはファン必読の面白さ。“一服ひろば”中村文則さんの「気分転換な夜に」は、新境地かと思えるほどの極上ユーモア小説。

 

怪談というジャンルが持つ魅力がたっぷりと

「どこへでも行けるの。夜はどこにでも通じているから」。第四夜「天竜峡」が好きだ。あやふやな印象だった“岸田”という人物がやっと現実味を帯び、文頭の女子高生の言葉から岸田の元へと誘われたから。一夜一夜、美しいけど真夜中トイレにいけなくなっちゃう、子どもの頃に感じた恐ろしさでいっぱいの物語が続くので、不安で不安で仕方ない。そこに少し風が吹いたような、止まっていた時計の針が動いたような安心感。ラストへと一気に物語が動き爽快ささえ感じた。

鎌野静華 引っ越して2年をとうに過ぎたのに表札がない。風水的によくないと聞いてチェックしたら表札って値段が高いんですね! 自分で作ろうか……。

 

もう一度だけ、やり直せるとしたら

この物語の結末は、一体どれほどの喪失感を読者にもたらすのだろうか。終わってほしくない!と思った矢先に、胸が震えた。登場人物たちが口にする尾道や奥飛騨、津軽などの旅先の風景は物悲しい美をたたえ、著者が描き続けてきた京都の夜の底知れなさを際立たせている。闇の中で創作に打ち込む銅版画家の岸田と、鞍馬の夜に姿を消した長谷川の儚さは見るものを惹きつけ、彼らを伝える断片的な記憶が語り部たちの旅をつないでいく。静けさが胸に迫ってたまらなくなった。

川戸崇央 5年前のこの時期に八甲田山でかまくらを作る、という取材に行ったことを思い出した。3つぐらいの意味で歳をとったなと実感しました。

 

夜のざわざわ感、あの感覚に浸る

第一章「尾道」で「夜明けの来る感じがしない」と、“妻”が発するが、夜の闇のなかを歩いているような、“不安な気持ち”が、本書にはずっと付きまとう。ざわざわとした不穏な感覚を、読み手に存分に与えてくるのだ。“旅”にまつわる登場人物たちの“語り”は、不可思議で、ミステリーか、ホラーか……と手探りでページをめくっていったが、読後は光明も見える。夜に浸った世界に入り込みたいなら、ぜひ手にとってほしい。そうした感覚を楽しめるのも、小説の醍醐味だ。

村井有紀子 TEAM NACS特集担当。20周年おめでとうございます! 長年にわたり、特集や書籍を担当させてもらいましたが、ホントに大好きです。

 

紙一重の異世界への恐怖

現実の半歩先で、見知らぬ異世界に踏み込んでしまう人々を描いてきた著者。今作はとびきり怖い。10年前に「長谷川さん」の失踪を経験した大橋たちは以来、各々が日本各地で不可思議な体験をして彼女らしき存在と遭遇する。その契機となるのが「夜行」という銅版画の存在。版画が転写の過程で絵柄を反転させるがごとく、大橋たちを反転したもう一つの世界へと誘う。そしてこの平行世界が紙一重で存在しているというそこはかとない恐怖の余韻が、妙に愛しくなるのだ。

高岡遼 あさのあつこ原作、アニメ『バッテリー』の公式ガイドブック発売中です。アニメファン、原作ファンの方にも楽しんでいただける一冊です!

 

まっくらな夜道の先に

読んでいるあいだずっと真っ暗な夜道をさまよっている気分になる。幼い頃、夜はやたらに怖かった。その不安が戻ってきたようで心細くてたまらない。それなのに、読後はなぜか爽快な気持ちになっている実に不思議な物語。キーアイテムとなっている銅版画のように、ネガとポジがいつのまにか反転している世界に浸っていると、自分が夜と思っていた世界は実は昼なのかもしれないし、その逆も然り、と思えてくる。読後しばらく、世界が少し変わって見えること請け合いです。

西條弓子 今月号からダ・ヴィンチに仲間入りしました。読みたい本の激増ぶりに呆然としつつ、充実しすぎな書庫の戸棚を開けたり閉めたりする日々。

 

 

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