【ダ・ヴィンチ2017年3月号】今月のプラチナ本は 『あひる』

今月のプラチナ本

更新日:2017/2/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『あひる』

●あらすじ●

主人公「わたし」と両親が暮らす家に、あひるがやってきた。父親の元同僚の飼っていたあひるを譲り受けることになったのだ。あひるの名は「のりたま」。のりたま目当てに、学校帰りの多くの子どもたちが家を訪れるようになる。弟の結婚後、主人公と老いた両親の3人だけで暮らしていた家が、あひると子どもたちによって、俄ににぎやかになってくる。ところがまもなく、のりたまは元気をなくしてしまい、ある朝姿を消していた。父親が病院に連れて行ったというのだが――。第155回芥川賞候補作となった表題作のほか、「おばあちゃんの家」「森の兄妹」の計3編を収録した短編集。

いまむら・なつこ●1980年広島県生まれ。2010年「あたらしい娘」で第26回太宰治賞を受賞。同作は「こちらあみ子」と改題し、「ピクニック」という中短編を共に収めた『こちらあみ子』で11年に第24回三島由紀夫賞を受賞。

『あひる』

今村夏子
書肆侃侃房 1300円(税別)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

異様なアメーバのごとき「家」

実に不穏な読後感。「家」という枠組みを、自分はもっと堅固なものと考えていたようだ。だが本書では、安全であるはずの家に、どんどん知らない人物が入り込んでくる。あるいは、知っている人物の、知らない顔が見えてしまう。「あひる」で続々とやってくる、名前も知らない子どもたちもそうだし、年齢を重ね、父親になって戻ってきた弟も、かつて共に暮らしたころとはまるで別人だ。「おばあちゃんの家」のおばあちゃんは、ぼけているのかいないのか、ただただ俊敏になっていって妖怪のようだ。長年見知っているおばあちゃんのはずなのに。かと思えば「森の兄妹」の老婆と少年の関係は、あっけなく断ち切られてケロリとしている。家とは、家族とは。その絆は美しく描かれがちだが、実際には異様なアメーバのごとき繋がりなのかもしれない。

関口靖彦 本誌編集長。プラチナ本のように「誰が読んでも心にひびく」とは口が裂けても言えませんが、個人的に『デルモンテ平山の「ゴミビデオ」大全』(平山夢明)を楽しく読みました。

 

あひるはあひる、子どもたちは子どもたち

穏やかな語り口、平易な言葉で語られる淡々とした状況描写――読みやすい小説だからこそ、ちょっとした違和感があとを引く。主人公家族の停滞していた生活はあひるをもらい受けたことで子どもたちが登場し、賑やかな日常へと変化する。だが、あひるの衰弱によって、それが失われようとしたときに無言であひるは入れ替えられ――。子どもたちに対しても、歓待しながらもそこに個別のコミュニケーションがないので、せっかく催した誕生パーティも主役不在で唖然ということに。しかし、なんだか両親は楽しそうだし、主人公も「勉強に身が入らない」状況をそれほど嘆いてはいない。ちりばめられた違和を追求していくと、いろいろな解釈ができる。読み手の立場によっても、読後感は違うだろう。寓話のような広がりがある。読書会などの題材に最適だ。

稲子美砂 坂口健太郎特集を担当。坂口さんの本の読みが深くてインタビューがすごく楽しくて。行定監督から『ナラタージュ』の撮影エピをうかがって観たい気持ちがグッと高まりました。

 

心がざわざわしながらも読み続けたくなる

両親と“わたし”で静かに暮らしていた家にあひるがやってきた。あひるの“のりたま”を見に小学生たちがきて、静かだった家に活気が……。オビにある「読み始めると心がざわつく」という言葉、確かにその通りだなぁと思いつつ、「お墓参り」と母が言ったときの、女の子の返答に笑ってしまった。子どもというのは大人より生死に近いんだろうな、と思わせるし、本当に“のりたま”のことが愛しかったんだろうなと。命あるものはなんであれ、生まれて死ぬんですよね。

鎌野静華 特集撮影でお菓子たちを入手。作家さんのイチオシなのだからウマイに決まっている。その魅力を前に糖質制限などなんの意味も持ち得なかった。

 

怖いのに、やめられない

顔のない子どもたちと肩を並べ、紙芝居を見ているかのような感覚に襲われた。物語の中にも外にも、気がかりなことしかないのに、途中で腰を上げることが出来ない。書かれていないことにばかり思考が飛び、物語が何倍にも膨らんでいった。短いのに、とても長い小説だった。抱えきれず、読後に関係図を書き出したのは初めてかもしれない。それぞれの物語はつながっているのか? もしも……。言葉が脳内でこだまし、私は誰もいない森に迷い込んだ子どもになった。

川戸崇央 「いい特集だったけど赤入れるとしたら川戸の顔かな。こんなに美形じゃないよね」(某編集長)。46ページです。

 

言葉にできない感覚を物語で存分に味わう

心がざわつく小説だ。あひるを飼うことで、ふいに一家に新しい風がふく。次第にそれは気持ちの良い風とは言えなくなっていく。のりたまを幾度となく飼い続ける両親、真実に気付きながらも黙認する主人公、無邪気にあひるを喜ぶ子供たち。それぞれに想いがあり、そしてそれを否定もできない。人は幸福になるために行動する、という言葉を思い出した。描かれている人が、本当に人間らしいと思う。言葉にするには相当難しい感覚を見事に物語にしている。純文学の凄みを味わった。

村井有紀子 星野源さん連載中エッセイ「いのちの車窓から」が書籍化。3月30日(木)発売です。久々にアカペン片手にファミレスでゲラ読みの日々……。

 

流れに身を委ねる恐さ

本書に収録された3編はいずれも、「ループさせる力」と「それに抗う力」が描かれている。前者は多数による無意識かつ同調的な影響力を持ち、後者は小さな個の微かな閃きだ。主人公たちが田舎で繰り返されるループの切れ間に気づきながらも、気づかぬうちに飲み込まれていく様は恐い。ところで、作中に2度登場する孔雀の挿話について考えながらハッとした。無意識に3編の関係性を模索していたからだ。まさに文脈に身を委ね、まんまと「ループ」に囚われていたわけだ!

高岡遼 BL特集を担当。魅力的にして底なしの海を、ご協力くださった諸兄姉の胸を借りながらダイブさせていただきました。浮上の予定は今のところは。

 

この不安感、クセになる

胸がざわつく理由がつかめず読むこと4回。読むたびに違う部分がこわくなる。ほのぼのした景色に差し込まれる異常。のりたまがのりたまでなくなること。それが「なかったこと」にされること。名前もわからない子どもで溢れかえる家。もうすべて不安。でも最もこわかったのは、家の中で起こるそれらの事態から、語り手の「わたし」が徹底的に疎外されていると気づいたときだ。「わたし」はずっと家にいるのに。ああ、この不安はクセになる。もう1回読もうかなあ。

西條弓子 特集のおかげで、おやつ箱が溢れかえる編集部。至福です。でも高級なお菓子は一瞬で消えていく。皆さん欲望に忠実すぎです。(私も)

 

 

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