江戸のおおらかな風景の中に、重層的な人間ドラマが力強く展開する

公開日:2012/1/19

狂人関係 1 vol.1

ハード : PC/iPhone/iPad/Android 発売元 : グループ・ゼロ
ジャンル:コミック 購入元:電子貸本Renta!
著者名:上村一夫 価格:105円

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太宰治と同じく「女語り」が得意なこの作家にしては、めずらしくも8割方を男の視線で描いた悠揚たる時代コミックです。

時は江戸。登場するのはまずかの名高き天才浮世絵師・葛飾北斎。その娘にして北斎の重要な助手でもあったお栄。彼女の画号を応為といったのは、いつも北斎から「オーイ」と呼ばれていたからである。

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もうひとり、狩野派の跡取りに生まれながら家を嫌って飛び出し、北斎のもとに出入りしながら、枕絵などのあぶない絵を描いている絵師の卵・捨八という青年もいる。この男は架空の人物だが、愚考するところでは「あぶな絵」を描かせたら右に出るものがないといわれた淫乱斎英泉の若きころが、モデルになっているのではないか。同時に、作者・上村自身の想いも、この捨八に重ねられていると見てよいだろう。

北斎を主人公にしたコミックには、江戸という時間の融通無碍な香りを醸し出す杉浦日向子の大傑作「百日紅」があるが、「狂人関係」も読者にゆったりとした呼吸をもたらしてくれることにひけはとらない。大きな白い空間を使った構図を多用し、時を豊に引き伸ばしてみせる一作である。

生涯に90ぺんも引っ越しをした奇矯な人物である北斎は、画名に反して貧乏長屋で一生を過ごしたのだが、金を積まれても絵の荒れる仕事はしない主義の彼のもとには、さまざまな事件が舞い込む。ひと目ぼれした八百屋の娘お七と所帯を持つことになる捨八の姿も含め、重層的な群像劇が織りなされるという仕掛け。

絵という天職にかける熱い想いや、親と子の心の行き違いが生み出す切なさとはかなさ、男と女の愛が孕むどうしようもなさ。

誰の心にも訴えかけるサムシングを持つ本だ。

上村の絵は力強くかつ繊細だ

北斎のまわりには事件が絶えない

お栄は控えめでおとなしいが、実は絵の力は玄人はだしなのだ