『火垂るの墓』の野坂昭如が残した究極の“エロ小説”とは?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

2017年現在の日本では、インターネットを通じて、誰でも簡単に性的なコンテンツを手に入れられる社会が実現しています。綺麗な女優や男優がなまめかしい姿態を見せるアダルト動画は数百円で購入できるし、うっとうしい広告さえ我慢すれば、素人の盗撮写真などもまとめサイトにゴロゴロ転がっています。

そんな私達には想像もできない時代——インターネットはおろか携帯電話、ポケベルも普及していないはるか昔、人々はどうやって「エロ」を楽しんでいたのか? 戦後の高度経済成長期、あくせく働く人々に「エロ」を届けるために悪戦苦闘していた男たちの絆を描いたのが、名作『火垂るの墓』などを発表した野坂昭如の『エロ事師たち』(新潮社)です。

主人公は「スブやん」と呼ばれる中年男・喜早時貴。表向きは「金銭登録機」なる機械——現代でいうキャッシュレジスターの営業をしていますが、その主な収入源は、営業の過程で知り合ったカタギのサラリーマンたちに、どこからか手に入れたエロ写真やセックスの音声を売りつけて、彼らの人生につかの間の潤いを与えること。もともとはなりゆきの小遣い稼ぎとして始めた稼業でしたが、スブやんからエロネタを受け取った男たちのうれしそうな顔に触発されたスブやんは、次第に「エロの求道」に目覚め、仲間を増やして、ブルーフィルム(ポルノ映画のこと)の制作やコールガールの斡旋、さらには乱交パーティーの主催にまで手を出して、ときには警察にパクられながらも、「エロ事師」稼業に邁進していきます。

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「他人の性的欲望と、女を食いものにして儲けてるだけの話でしょ」と眉をひそめる人もいるでしょう。たしかにスブやん、決して綺麗な人間というわけではありません。他人のセックスは平気で盗聴&録音するし、外科医が隠し持っていた変態ビデオを盗み出して売りさばくし、「死ぬまでに処女とヤリたい」と懇願する重役に処女のふりがうまいコールガールをあてがうし、近所の女子校の生徒たちがブルマでランニングしているのを見れば「女子校の校長になったら処女を斡旋し放題なのに……」と考えたりするし、自分が連れ添った女が死んだ後に、その連れ子に手を出しかけたりもします。

しかし、スブやんが憎めないのは、彼がどこまでも顧客の欲望に真面目に向き合い、一緒に働くスタッフのケアも行いながら、つねにエロに対するソリューションを考えつづけていること。自分にエロネタをせがんでくるカタギの顧客たちが「非現実の夢を見たい」ということをよく理解しており、とにかく営業努力が細かいのです。顧客との顔合わせのときには決して名刺を受け取らず、「もう覚えましたから」と裏社会の人間っぽくカッコつけて、後でトイレで急いでメモる……というエピソードを読んだときは、「へえ」と思わずうなりました。「単に女を抱くのには飽きた」と言う重役には、自分でもやったことがない痴漢術を実地で伝授するのにつきあうし、「俺は芸術がやりたくなった」と言い出したブルーフィルム制作の相棒のことも非難せず送り出すし、さらには自分のために買ったダッチワイフ(未使用)で勝手に自慰をした童貞にそのダッチワイフを譲り渡すということまでするのです。

つねにエロによる金儲けの機会をうかがうエロ中年ながら、愛嬌と気前の良さにあふれているスブやんの性格が、『エロ事師たち』をある種の「プロジェクトX」のようなお仕事小説に仕立てているのです。そんなスブやんを取り巻く仲間たちも、ゴキブリ好きの引きこもりニートから、義母に迫られて以来女に興奮できない美青年までバラエティ豊か。彼らが扱う「エロ事」の内容以上に深く、男たちの絆が描かれているので、女性読者は「お仕事BL」としても楽しめるかもしれません。

果たして、「プロジェクトX」か「単なるエロ小説」か。半信半疑な方こそ、ぜひ読んでお確かめください。

文=平松梨沙 イラスト=大前壽生