「風俗は貧困者のセーフティネット」とは本当? 5000人以上の風俗嬢に調査して見えた真の問題

社会

公開日:2017/6/18

『風俗嬢の見えない孤立』(角間惇一郎/光文社)

 風俗業界で働く女性たちについてのルポやドキュメンタリーは数多く制作され、中には大きな反響をもたらした作品もある。そして、そのほとんどに共通しているのは、風俗を「暗い過去がある女性」が行き着く吹き溜まりとする認識だ。

 しかし、『風俗嬢の見えない孤立』(光文社)の著者、角間惇一郎氏の考えは違う。Grow As People(以下GAP)の代表として、風俗キャスト(通称:風俗嬢)のセカンドキャリア構築支援に従事する角間氏は、風俗業界の真の問題点が、風俗嬢の過去にスポットを当てる報道によって見えにくくなっていると主張する。本書を読み進めると、角間氏の現状認識が説得力を持って浮かび上がってくる。

 本書ではまず、角間氏が風俗業界に関わるようになったきっかけが語られる。1983年生まれの角間氏は大学卒業後すぐ、建築士として働きながらまちづくり系のNPOを運営していた。企画したあるイベントで角間氏は、風俗店のオーナーから相談を受ける。オーナーの店で働く風俗嬢たちが、生活トラブルが起こっても店以外に頼れる相手がいないというのだ。

advertisement

 オーナーに心を動かされた若かりし角間氏の行動は早かった。風俗に行ったこともなく、知識がほとんどなかった彼は即刻当時の仕事を辞め、オーナーの店を手伝いながら風俗業界の実態を勉強し始める。そして、2012年にGAPを立ち上げた。以降、現在に至るまで風俗嬢の再就職先紹介やキャリア構築のための勉強会開催などを行っている。

 角間氏が実際に風俗業界と接して分かったことは、多くのルポに登場する「暗い過去を持ち生活が困窮している風俗嬢」はごく少数派だったということだ。角間氏がもっとも重要視していることは風俗嬢に同情して接することではなく、彼女たちの生態を「データ」化することである。コツコツと5000人以上の風俗嬢を対象に実施してきたアンケートによって、角間氏は感情を挟まず業界の問題点を分析していく。

 アンケートで明らかになったのは、「立場を開示できない」「昼の仕事が無理」という世間からの孤立を感じさせる本音だ。風俗嬢の多くは身元がバレることを怖れ、行動にかなりの制限がついてしまう。そのため、夜の仕事から足を洗って昼の仕事に再就職したくても、キャリアが空欄になった履歴書を提出するしかない。当然のように不採用となり、生活苦に陥る前に再び風俗へと舞い戻ってしまうのだ。

 こう書くと、「そもそも不純な動機で風俗を始めた者が悪い」という意見が必ず寄せられる。また、風俗に限らず、特定の事情を抱えた人間を支援する制度に対して「生活苦に陥った理由によって支援の程度を変えるべき」と訴える人もいる。

 しかし、角間氏は問題の「入り口」よりも「出口」を重視する。どこまでも風俗嬢の「現状」にスポットを当てることでしか適切な支援は行えないとし、事実、GAPはそうしたやり方で活動を存続させてきた。「過去」にこだわる報道が風俗業界の「ヤバい」イメージを蔓延させ、人々の差別意識を増長させたのとは対照的である。もっといえば、社会が「過去」にこだわり続ける限り、ますます風俗嬢は立場を開示しにくくなり再就職が困難になっていくのではないか。

 また、「風俗は貧困のセーフティネットである」という意見にも角間氏は懐疑的だ。本書内では風俗業界が一時的な収入の手段にしかならず、将来が約束されているわけではないと指摘する。

 ではやはり、そもそも風俗嬢にならないほうがいいのか? 風俗自体を世の中から消滅させれば問題はなくなるのか? それとも全国民が風俗嬢を差別しない世の中を作るべきなのか? 角間氏の答えはこうだ。

「立場の開示をしたくない人が、しないままでも大丈夫な社会にする」。これが現時点でのベストです。

「過去を問わない人間」になるのは無理でも、「過去を開示することを要求しない人間」ならなれると角間氏は述べる。本書は風俗業界に限らず、日本社会に息苦しさを覚えている人を救うきっかけになるだろう。そして、「同情」ではなくビジネスの相手として風俗嬢と接する角間氏の合理性は、近い将来もっと大きな実を結ぶはずだ。

文=石塚就一