35歳で末期がん。余命数ヶ月で奥さんと子ども2人に伝えたかったことは―『人生の終い方 自分と大切な人のためにできること』

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更新日:2017/7/10

『人生の終い方 自分と大切な人のためにできること』(NHKスペシャル取材班/講談社)

 身内や知人の不幸を知ったとき、夜中に一人で過ごしているとき、ふと死ぬときのことを想像し、言いようのない恐怖に襲われることがある。きっと誰にでもあるはずだ。毎日を忙しく過ごしていると忘れがちだが、私たちはいつか死ぬ。目の前のことに気を取られ、この重大な事実にいつも目をそらしてしまう。しかし、もしあなたが近い将来、病気によって死ぬ運命を突きつけられたら、残りの時間をどう生きるだろう。あなたの周りの人たちに、どんなことを残していけるだろう。

 2016年5月、NHKスペシャル「人生の終い方」が放送された。超高齢社会の日本では、いわゆる「終活」が大ブームだが、この番組で放送された内容はちょっと違う。それぞれの人が人生の集大成として、最後にどんな言葉を残し、何をして人生をしめくくることがその人らしいか、それが残された人の何になるのか。そんな素朴な疑問を問いかけながら視聴者と一緒に考える番組だ。この番組には落語家の桂歌丸師匠が出演されており、放送された日が『笑点』の勇退を発表した日でもあったので、覚えている方がいるかもしれない。

『人生の終い方 自分と大切な人のためにできること』(NHKスペシャル取材班/講談社)では、それぞれの人たちが残りの時間を必死に生きた「人生の終い方」が紹介されている。そのなかでも本書で私が一番心打たれた「終い方」があった。残された時間の中で子どもたちに何を伝えられるか、何を残せるか、必死に探しながら生きた小熊正申さんだ。

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 小熊さんは35歳という若さで末期がんを患った。奥さんと子ども2人を残して、余命数ヶ月という残酷な運命を突きつけられた。3ヶ月の娘の小学校の入学式も出られないかもしれない……。それでも小熊さんは悲嘆に暮れることなく、最期まで家族と過ごすため、病院を退院して家に戻ってきた。

 小熊さんには、どうしても子どもたちに伝えたいことがあった。「立ち向かうこと」「あきらめないこと」だ。しかしそれを言葉だけで伝えることは難しい。様々な葛藤が襲い、「俺の命に価値はあるのか?」と自暴自棄になることもあった。そんな小熊さんの気持ちを知ってか、2人の子どもたちは明るく、そして小熊さんを励ますように過ごした。

 目標としていた、娘の入学式に出ることはできなかった小熊さん。残された2人の子どもたちに特別なメッセージを残すこともできなかった。しかし、葛藤を繰り返しながらも家族と過ごした最期の時間は、小熊さんが子どもたちに伝えたかった、言葉にならないメッセージを確実に伝えていた。小熊さんの生き方そのものがメッセージとなって、家族の心に残されていた。

 本書では、それぞれが自らの運命を受け入れ、自分のため、そして残される誰かのため、命がけで生きた「人生の終い方」が紹介されている。戦争を生き抜き、マンガで食えない日々を乗り越え、家族の心に笑顔を残した水木しげるさん。落語界を背負い、病気と闘いながら、それでも高座に上がり続ける歌丸師匠。娘のために生き、コツコツと積み上げた人生の中で素晴らしいものを残した高松ハツエさん。どの「人生の終い方」もとても切なく、しかし強い意志と優しい想いがあふれんばかりに伝わる。

 人生の終い方とは、すべての時間の中で得たものの中から、自分のために、誰かのために、できることは何かないかと探し続け、人生の結末を望んだ形で迎えようとする、人生の集大成だ。自分の運命を受け入れることはとても勇気がいるが、終い方を決めた人々の生き方には、大きな覚悟がうかがい知れ、命ある限り生きようとする力強さを感じる。

 本書を読むと、私も最期はこうありたいと思う。しかし、死ぬときのことを考えると、やはり言いようのない恐怖に襲われてしまう。まるで想像ができない。想像したくない。読者も同じ感想を持つのではないだろうか。でも、ほんのちょっと勇気を出して、その瞬間を待つ自分を考えてみたい。そのとき自分はどんな顔をしているだろう。どんな気持ちだろう。誰といるだろう。どんなことを話しているだろう。そして、最期をどうしたいと思っているだろう。その答えは自分にしか分からない。後悔のない最期を決められるのは自分だけだ。ほんの少しの時間でいい、これからのことを考えてみてほしい。

文=いのうえゆきひろ