湖面に浮かぶ女子大生の死体は「自殺」か「他殺」か? 「隠していた事実」が浮かび上がる! “現代サスペンスの女王”最新作

文芸・カルチャー

2017/7/6

『サイレント(上・下)』(カリン・スローター:著、田辺千幸:訳/ハーパーBOOKS)

真冬のような11月の早朝、凍える冷たさの湖の底で女子大生アリソンが遺体となって発見された。岸辺に残された「もう終わりにしたい」というメモから「自殺」と考えられた彼女を水から引き上げてみると、身体には工業用の太い鎖がウエストにまかれ、鮮やかな黄色の南京錠がベルトのバックルのようにたれさがり、鎖の先には2個のコンクリートブロックがつけられていた。そして首の後ろには刺された傷——「自殺」ではなく「他殺」だったのだ。

寒々しい情景と重い疲労を抱えたような刑事たちのやりとりに、冒頭からなんともいえない沈鬱な世界にひきこまれる『サイレント(上・下)』(カリン・スローター:著、田辺千幸:訳/ハーパーBOOKS)。著者のカリン・スローターは2001年に出版した処女作『開かれた瞳孔』(早川書房)がいきなり世界的ベストセラーとなり、2015年『警官の街』(マグノリアブックス)でエドガー賞ノミネート、CWA賞を受賞した実力派。思わず戦慄する凄惨な描写と幾重にも裏がある驚きの展開、人間の本性をえぐるような観察眼が持ち味の彼女は、まさに「現代サスペンスの女王」だ。

すでに彼女の作品群に魅了されている読者にとっては、本作の始まりはやや静かに感じるかもしれない。もちろんカリン・スローターのこと、これだけでは終わらない。一度はすぐさま逮捕された気弱な青年を持つトミーが自供したことであっさり解決したと思われた事件だったが、そのトミーが無実を訴えて独房で自殺を企て血まみれの遺体で発見される。それでもトミーを犯人にしようとする警察を尻目に、起こってしまう第二の凄惨な殺人。事態はさらに混迷し、小さな田舎町が暗黙のうちに「隠していた事実」が次々に明らかになっていく。

捜査にあたるのは特別捜査官ウィル・トレント。帰省中に遭遇したトミーの死を不審に思った検死官のサラ・リントンがジョージア州捜査局に依頼して任務についたのが彼だった。実はこのふたり、カリン・スローターの作品の中ではおなじみの人物。2001年にはじまった〈グラント郡シリーズ〉はサラを主人公とし、2006年から始まった〈ウィル・トレントシリーズ〉はウィル・トレントが主人公。今年の初めに出版された『ハンティング』(ハーパーBOOKS)以降、このふたつの人気シリーズがクロスオーバーするようになり、本作も同じ流れにある。緊張感のある日々の中でふたりが親密さを増していくのにも注目だ。

舞台は〈グラント郡シリーズ〉で描かれたサラの故郷、ジョージア州の架空の町・グラント郡。保守的な白人層が多く暮らす、穏やかだがいつも誰かに見られているような息苦しさがある町だ。久しぶりに帰郷したサラ、そして最初から余所者のウィルは共に「異分子」であり、事件の真相を追いながら、一方で「異物を排除しよう」とする地元警察と闘うことになる。ポルシェやBMWに乗るウィルやサラに対して、アコードなどの大衆車やポンコツのダットサンに乗る地元住民。ブランド物の服を着るウィルに対して、たばこの匂いのしみついた着古した服の地元警察。さらりと描かれる小道具が、相容れない両者の溝をよりリアルなものにする。

感謝祭の数日の出来事でありながら、まるで数ヶ月も重苦しい日々が続いていたかのように感じるのは、貧しさと鬱屈を抱える人々の荒廃した内面が、現在のアメリカ社会が抱える闇を映すからか。謎解きのスリルはもちろんだが、人間の本性と哀しみをじわじわえぐる著者の筆が冴える一冊だ。

文=荒井理恵

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