鹿鳴館時代を生きる女学生の熱く美しい友情と戦いを描く 滝沢志郎著『明治乙女物語』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

『明治乙女物語』(文藝春秋)

第24回松本清張賞を受賞した滝沢志郎の『明治乙女物語』(文藝春秋)は、このストレートなタイトルが示す通り、舞台となるのは後に「鹿鳴館時代」と呼ばれる明治の世、東京は御茶ノ水の高等師範学校女子部(通称・女高師)の寄宿舎で暮らす女学生たちの活躍を描く青春群像ミステリーだ。

事件が起こるのは明治21年、秋。時の文部大臣・森有礼が女高師の講堂で主催した舞踏会の最中、校庭で爆発音が響き、続いて講堂に置かれたコスモスの植木鉢に仕掛けられたと思しき爆発物が破裂。薄い煙が立ち上り、植木鉢から破裂音が続く。突然の事態に皆が立ちすくむ中、猛然と植木鉢に駆け寄って水差しの水をぶちまけて破裂を止めたのが、女高師3年の野原咲だった。咲はさらなる爆発で被害が出ないよう、植木鉢を誰もいない演壇の上に向かって放り投げる。それを目撃した森有礼は「私の考えも及ばぬ、見事な女子だ」と感嘆するが、学友の駒井夏は咲の無謀な行動に激昂し、思わず頬を張って「死んだらどうすんの、この大馬鹿!」と怒鳴ってしまう。

咲はドレスを完璧に着こなす日本人離れした壮健な肉体に成績トップクラスの優秀な頭脳を持ち、気取りのない性格で女高師の誰からも慕われ、敬愛される存在。一方、夏は自身の「頑固で気難しくて負けん気が強くて可愛げのない性分」を自覚していて、咲のことをとてもまぶしく感じると同時に、なぜか「私がさっちゃんを守らなきゃ――」とも思わせられていた。

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事件後、学友たちを集めて現場を調べてみたふたりは、話題の本『西国立志編』の切れ端を発見。舞踏会の日にふたりが出会った西洋人のように彫りの深い顔立ちの人力車夫・柿崎久蔵、そのとき彼が読んでいた本も『西国立志編』だった。そんな折、「女高師爆裂弾事件」の犯人による糾弾状が新聞に掲載される。犯人は欧化主義と女子教育について批判し、“二の矢”は鹿鳴館を射貫く、と予告。森有礼は女高師の生徒たちを集め、「国家の行く末は、女子教育の成否にかかるものと心得よ」「あなた方は女子教育の尖兵である。国家発展の先頭の立つ者である」と叱咤激励し、さらに招待客の辞退が続出していた鹿鳴館の“天長節夜会”に女高師の生徒たちを踊り手として招待するのだが――。

日本女子教育の黎明期、目指すべき道を模索し、時に傷つきながらも前に向かって懸命に進もうとする咲と夏。そんなふたりのかしましくも奔放で、活き活きとした輝きに思わず心が沸き立つ。信頼と信念で通じ合っている咲と夏の関係から描き出される素敵な“熱さ”に、きっと多くの読者が胸を打たれることだろう。

そして、緻密でリアリティのあるディテール、絶妙なバランスで虚実を入り交じらせた物語世界の厚みと広がりも本作の大きな魅力だ。明治時代の文化や風俗、生活や街並みを鮮明に描き、森有礼をはじめとする数多くの実在の人物を重要なキャラクターとして登場させて紡いでいく物語は、「ありえたかもしれない明治の世界」をありありと読者の前に再現していく。それは歴史を題材にしたフィクションの何よりの醍醐味だ。

時代と社会、世相が生み出す圧力に抗い、咲と夏は女性の自立を目指して戦う。そこに描かれる問題の数々は明治の世に限ったものではなく、現代社会にまで連綿と続いている。そうした困難に対しても互いに手を取り合い、真正面から向き合おうとする彼女たちの美しく気丈な姿に、きっと多くの読者が勇気づけられるはずだ。

文=橋富政彦