一羽のペンギンを救った若き教師の感動実話 トム・ミッチェル著、矢沢聖子訳『人生を変えてくれたペンギン 海辺で君を見つけた日』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

『人生を変えてくれたペンギン 海辺で君を見つけた日』(トム・ミッチェル:著、矢沢聖子:訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)

 「出会い」は人生を変えてくれる。それは決して、人間同士の話だけではない。『人生を変えてくれたペンギン 海辺で君を見つけた日』(トム・ミッチェル:著、矢沢聖子:訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)は、アルゼンチンを舞台に描かれた、青年教師とマゼランペンギンが「最高の親友になるまで」の感動の実話である。

 1970年代。イギリス人のトムは、「未知なるもの」を求め、好奇心いっぱいに南米アルゼンチンへと旅立ち、現地の寄宿学校の教師として働いていた。

 ある時、バカンスの際に立ち寄った浜辺で、衝撃的な光景を目の当たりにする。それは海に流出した重油にまみれ、砂浜に打ち上げられた何百というペンギンの死骸だった。だがその中に、たった一羽だけ生きているマゼランペンギンがいた。

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 トムは生き残ったペンギンの重油を洗い落とした後、再び海に帰そうとしたのだが、なぜかそのペンギンはトムから離れずに付いて来る。放っておくこともできず、トムはそのペンギンを連れて寄宿学校へと戻り、その屋上でペンギンを飼うことに。ペンギンはフアン・サルバドール(ファン・サルバド)と名付けられた。

 ファン・サルバドは、人懐こくて好奇心が強く、瞬く間に学校の人気者となる。生徒も教員も、清掃員も、彼に接した全ての人たちが、彼には心を許し、安らぎと喜びを得た。

 当時のアルゼンチンはテロが頻発し、殺人や誘拐が日常茶飯事だったという。急激なインフレにより貧富の差は広まるばかりで、極めて不安定な世情であった。そんな時代だったからか、ファン・サルバドの存在は、ひときわ、人々にとって癒しだったようだ。

しかし、フアン・サルバドとの生活にも、やがて終わりが訪れる――。

 本書は、著者が当時の体験を振り返り綴った、小説のようにも読めるノンフィクションである。ファン・サルバドの愛らしさや、彼がいかに人々に愛されていたかはもちろんのこと、実に丁寧に、当時のほぼ無政府状態だったアルゼンチンの様子や、教師の仕事、悩める生徒たちの様子、また「旅好き」の著者が訪れたアンデスの山地で出会った人々や、ガウチョ(カウボーイ)の生活などについて活写されている。

 「動物感動もの」でありながら、当時のアルゼンチンの人々の暮らしぶりが分かる一方で、著者の個人的なエッセイにも読めるし、紀行文のようでもある。ユーモアあふれる軽快な語り口で綴られる著者の「ペンギンと過ごした日々」は、思いがけない奥深さと感動が秘められ、知的好奇心を満たしてくれる一冊だった。


 特に、ファン・サルバドの可愛らしさは、ペンギン好き(じゃなくても!)にはたまらないだろう。著者に寄りかかったまま熟睡してしまう姿や、トムの靴に頭を置いて昼寝を始める様子は、想像してみると、ものすごく癒された。そしてファン・サルバドとの「別れ」から数十年たち、「なぜ、出会った当初、ファン・サルバドは海に戻らず、トムに付いて来たか」という真実が明らかになる時、私は胸が熱くなった。 トムがファン・サルバドを「最高の親友」と思うずっと前から、彼はトムのことを、「仲間」だと認めていたのだ。それは単なるペンギンの「習性」だったのかもしれないが、いくつもの偶然が重なって起こった奇跡だったのではないか。トムとファン・サルバドは、出会うべくして出会った……そんな風に感じられたのだ。

 本書には「実際には人間が彼に魚を与えているのに、まるでファン・サルバドから『何か』を与えられたような気になった」という一文がある。

その「何か」を、あなたにも感じてもらいたい。


文=雨野裾