愛人から貢がれたブランド品を売ってなんとか暮らす日々…。26歳・どん底ヒロインの行方は? 竹宮ゆゆこ著『おまえのすべてが燃え上がる』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

『おまえのすべてが燃え上がる』(新潮社)

 人生の幸や不幸は何で決まるのだろうか? 結婚、財産、仕事、友人、答えは十人十色だろう。だが、一ついえるのは、答えが分かるのは決して「今」ではないということである。「一寸先は闇」というなら逆に、不幸のどん底をさまよっていると思い込んでいる人が次の日には笑顔になっている可能性もゼロではないだろう。

 竹宮ゆゆこ最新作『おまえのすべてが燃え上がる』(新潮社)はダメ人間たちの物語である。しかし、主人公たちの「ダメさ」はあくまでも「今」に限っている。もしかしたら明日は、明後日は、何十年後には幸せになれるかもしれない…そんなささやかな願いのこめられた、ハートウォーミングな小説だ。失恋や職場での失敗をしでかしてしまったときにこそ読んでほしい。

 ヒロイン、樺島信濃は26歳、美人。しかし、それ以外には特にとりえもなく今ではスポーツジムのアルバイトをして暮らしている。生活は苦しく愛人からの貢ぎ物を売り払ってお金に換えている毎日だ。しかも、奥さんに関係がバレてしまい、包丁を持って追い回される。なんとか振り切ったものの、当然、愛人契約は破棄されて行き場所を失ってしまう。まさに八方ふさがりの状態だ。

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 そんな信濃のアパートを突然、6歳差の弟、睦月が訪ねてくる。こともあろうに元カレの醍醐と一緒に。気の置けない睦月はともかく、成り行きでついてきた醍醐を追い返したい信濃だったが、「奢る」の一言にほだされ、居酒屋になだれこむ。そのまま、三人の近況報告大会が始まった。すると、醍醐も信濃に負けず劣らず散々な状況に身を置いている事実が判明する。可愛い彼女を見つけ、婚約したまではいいが、式を待たずに彼女は妊娠した。しかも「おそらく醍醐の子どもではない」のだという。「もしも醍醐の子どもなら産まない」と告げられた醍醐は、父親の確認もしないまま婚約を破棄、絶望して休職している最中に睦月と偶然出会ったのだった。

 抜けなくなった醍醐の婚約指輪は、失意にとらわれた心の象徴である。しかし、元カノ特有の図々しさで信濃はピリ辛ソースを「べっちょり」と薬指に塗りこみ、簡単に指輪を外してしまった。まるで「ウジウジしてんじゃねえ!」とでも言うように。信濃と醍醐はお互いを甘やかすこともなければ、突き放すこともない。丁度いい距離感が保たれていて、読者からしても心地いい。

 若かりしころ、90年代映画をビデオで見まくったという二人の会話で、印象的なのがジュリア・ロバーツ主演『ベスト・フレンズ・ウェディング』だ。ジュリア演じるヒロインは未練の残る元カレの結婚を破談にしようと奔走する。第三者から見れば引いてしまうような彼女を受け入れてくれるゲイの友人、ジョージ。ヒロインもジョージにだけは醜い本音をさらすことができる。

 信濃にとって睦月と醍醐はジョージのような存在だ。トラウマを抱え、人生で失敗を繰り返す信濃を決して二人の男は見捨てたりはしない。特に、自分の時間の大半を信濃に捧げ、尽くし続ける睦月の献身は相当である。

 それほどまで周囲の人間に恵まれながらも、家族への不信感を拭い去れない信濃にとって、「幸せ」が自分とは無関係だという思いは消えない。幼いころ夢見た「おしろ」について、信濃は悲しい真理を悟ってしまっていた。

「(前略)みんながいて、ストーブがあって、あったかくて、いっぱいお話、いろんなこと……み、みん……な、で」
みんながいて。
そして、そこには私がいない。
それが本当のおしろだ。

 信濃のどうしようもない状況は簡単には変わらない。経済的にもどんどん追い込まれていく。睦月や醍醐との時間にも終わりはやって来る。それでも、最後の最後に信濃が笑っていられれば、彼女は「幸せ」なのだ。思わぬ展開を迎えるラスト7ページの超展開、全ての「ダメさ」がハッピーエンドに転じる時間には、信濃に拍手を送ってあげたいほどの感動が待ち受けている。

文=石塚就一