暗黒事件は繰り返す――連合赤軍からオウム真理教、少年Aまで戦後日本の「闇」に見えた関係

社会

2017/7/28

『日本の暗黒事件』(森 功/新潮社)

 連合赤軍、かい人21面相、オウム真理教、少年A…。戦後の日本で起こった重大事件には、巨大な「悪」が存在した。あるものは組織としての黒さを露呈し、あるものは個人に隠された残虐さを世間に見せつけた。そして、一般人の想像が及ばない「悪」たちは、いまだ全貌がつかめていないという点でも共通している。彼らの犯した事件は解決・未解決にかかわらず、闇に葬られた部分が少なくないのだ。

『日本の暗黒事件』(森 功/新潮社)は戦後日本を揺るがした重大事件について、いくつかの事件で取材にあたった経験もある著者が再考していく一冊だ。そして、事件同士が意外なつながりを見せていくとき、読者は知られざる日本の裏側に触れるだろう。

 本書で取り扱っている事件は、「よど号」事件、ロッキード事件、グリコ・森永事件、山一抗争、三井物産マニラ支店長誘拐事件、イトマン事件、住友銀行名古屋支店長射殺事件、オウム真理教事件、神戸連続児童殺傷事件、和歌山毒物カレー事件の10件である。リアルタイムで日本中を震感させた事件ばかりなので、多くの人の印象に刻まれているだろう。しかし、時間が経過しているからこそ見えてくる事実や関連性もある。いずれも、それぞれが独立した事件として日本人に知られてきたが、著者の見解は異なる。

時代を象徴するような大きな事件は、一見すると、それぞれがあたかも特別な犯罪者によって引き起こされた突拍子もない犯行のように思える。だが、その実、事件は長く暗い歴史を引きずっているケースが少なくない(まえがきより)

 たとえば、1970年に「よど号」をハイジャックし、北朝鮮に渡った赤軍派の若者たちは、そのまま北朝鮮の工作員として日本人拉致事件にも関与していく。1986年の三井物産マニラ支店長誘拐事件にも、赤軍派の影がちらつく。赤軍派に連なる日本人テロリストたちは、現在もアジアで身を潜めながら破壊活動を続けている。

 1995年、山梨県上九一色村にあったオウム真理教の教団施設「サティアン」が家宅捜索され、教祖の麻原影晃こと松本智津夫が逮捕された。東京の地下鉄に猛毒ガス「サリン」を散布し、大量の死傷者を出したなどの容疑によってである。このとき、捜査隊の増強と武装をアドバイスしたのは、1972年の赤軍派によるあさま山荘事件を指揮した佐々淳行だった。佐々の言葉があったからこそ、サティアンで2000人を超える教団信者の抵抗を招かずに済んだとの見方もできるだろう。

 1976年、ロッキード事件によって収賄が発覚し、逮捕された田中角栄元首相だが、近年では稀代のリーダーとして再評価ブームが起きている。中には、ロッキード事件を陰謀とする説まで登場しているほどだ。しかし、著者の分析ではロッキード事件に捏造の要素は一切なく、逆に検察の優秀さが印象づけられる。現代では数々の冤罪事件が発覚したため検察の権威が落ち、田中角栄無罪説すら唱えられてしまうのだろう。こうした冤罪事件の多発につけこみ、再審請求をすることで死刑を引き延ばそうとしているのが和歌山毒入りカレー事件の犯人・林眞須美だと著者は述べる。

 余波が現在にまで及ぶ事件もある。神戸児童連続殺傷事件の犯人だった少年Aは、逮捕された1997年当時14歳だった。少年法によりプライバシーを守られたAはやがて少年院を出て社会復帰し、2015年には自伝本『絶歌』を発表して論争を呼んだ。Aの事件は少年法を見直すほどの影響があったが、今もなおAの行動は「更正」のあり方について終わりのない問いを投げかけてくる。

 著者は本書執筆にあたり、いくつかの事件関係者にも実名で証言を取ることに成功している。月日を経てようやく明かされる言葉は重く、流し読みできない。本書で紹介された暗黒事件の系譜は途切れたわけではなく、形を変えて現在にも残っている。過去の事件を風化させない意識は、日本全体が新たな悪に立ち向かうための原動力にもなりうるのだ。

文=石塚就一