方言を防犯ポスターやICカードに活用ってどういうこと? ソフトで親しみやすい方言の魅力

暮らし

公開日:2017/8/2

『誤解されやすい方言小辞典 東京のきつねが大阪でたぬきにばける』(篠崎晃一/三省堂)

 突然だが、日頃方言を聞くまたは自分が使う場面はどれほどあるだろうか。近年はテレビ・インターネットなどによって標準語に触れる機会が多いことから、純粋な方言を聞く機会は目に見えて減っている。しかし一方で、日々の会話の中に溶け込んで今なお生き続けている方言もある。そういった方言は、使っている人にとっては“標準語”であり、方言であると知られていないことさえある。時には、方言とは知らずに発した言葉が相手にいらぬ誤解を与えてしまうこともあるだろう。『誤解されやすい方言小辞典 東京のきつねが大阪でたぬきにばける』(篠崎晃一/三省堂)では、そういった誤解されやすい方言が多く紹介されている。

 会話の中では意識されなくなってきている方言だが、一方でこれを特定の活動に活かしている場合もある。地方都市の交通事故防止のポスターなどがそれだ。その例を2つほど紹介しよう。

山梨県甲府市郊外の見通しの悪いカーブには、「スピード出しちょし」の看板。他県の者からすれば「速度を上げろ」と言われているような感じがするが、この「~ちょ」は、山梨の西部地方の方言で、「~するな」にあたる禁止の表現なのである。
また宮崎県内の国道で見かけるのは「てげてげ運転追放運動」の看板。「てげてげ」は、「いいかげん」「適当」「ほどほど」「おおざっぱ」などの意味をあらわす。わき見運転などによる交通事故の防止がねらいだ。

 なぜこういったポスターに方言が使われるのか? それは、この方言を同じ意味の標準語に置き換えてみるとわかりやすい。「スピード出しちょし」は「スピードを出すな」だし、「てげてげ運転追放運動」は「いいかげん(おおざっぱ)な運転追放運動」になる。どうだろう。標準語の方がいささかきつい印象を持ちはしないだろうか。そういった印象をやわらげるため、こういった注意を促すポスターには方言が使われるのだ。実際、人間はきつく注意されるよりもソフトに言われた方が存外素直に受け止められるものなので、その心理構造を巧みに突いた方法と言えるかもしれない。

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 方言が活かされている面は他にもある。交通系ICカードだ。JR東日本でお馴染みのSUICAは「Super Urban Intelligent Card」を略したものに「スイスイ行けるICカード」の意味をひっかけたものだが、地方の交通系ICカードの名前には方言にひっかけたものが多くある。

 たとえば、JR西日本で使えるICOCAは「IC Operating Card」の略称だが「ほな行こか」とひっかけられており、思わずそう言ってしまいたくなる。また、JR九州の「SUGOCA」は「Smart Urban Going Card」の略称に「すごか」という方言をひっかけている。ちなみに、言うまでもないが「すごか」とは「すごい」という意味の方言である。他にも、仙台市交通局では「行きますか」という意味の東北方言にひっかけた「icsca(イクスカ)」、富山地方鉄道の「Ecomyca(エコマイカ)」は「行きましょう」にあたる富山方言の「行こまいか」と「エコ」・「マイカード」をひっかけたものだ。こういった方言をその地域特有のもののネーミングに利用する方法は、他にも方言キャラクター(秋田の超神ネイガーなど)でも使われている。ダジャレのようなものだが、だからこそ人々に親しみやすい印象を与えるのだ。この親しみの印象もまた、方言が持つ力のひとつと言えるだろう。

 方言の中でも、特に標準語に同音語がある場合は誤解を招きやすい。たとえば「せいぜい」という言葉は、標準語では「たかだか」などの消極的意味を持つものだが、関西や東海の一部では「せいいっぱい」や「できるだけ」という意味でも使われる。このため「せいいっぱいがんばれ」という意味のつもりで言った言葉も相手によっては皮肉たっぷりの嫌味な言い方に聞こえてしまうかもしれない。怖いのは、使う側はそういったすれ違いが起こるまで自分が使っている表現が誤解を招きかねないものだという点になかなか気づけないことだ。

 近年、方言は消え始めていると言われるが、意識されないところでは確かに残っている。日頃標準語だと思って使っていた言葉が実は方言だったということは誰にとってもありうる話だ。「もしかしてあの言葉も?」と普段何気なく使っている言葉を見直してみると思わぬ発見があるかもしれない。当たり前だと思っていたものが他の場所ではそうでないかもしれない可能性を見るのは、非常におもしろいことではないだろうか。

文=柚兎