「地元のボスキャラ」が有名観光地をダメにする――日本の観光業界のしくじりとは?

社会

更新日:2017/8/21

『観光立国の正体』(藻谷浩介、山田桂一郎/新潮社)

 ちょっと前、大きな話題を呼んだ中国人観光客の「爆買い」。これに限らず、日本には魅力的な観光地が数多くあり、外国人観光客を取り込むインバウンドに期待が高まっている。2020年には東京オリンピックも控え、政府は国策として観光立国を目指しているようだが、この動きに足を引っ張る者がいるらしい。それは他でもない、地域の観光地のど真ん中に居座る「地元のボスキャラ」の存在だ。

 「地元のボスキャラ」とは、一体どんな人たちなのか? 観光立国を目指す日本が抱えている問題点とは何か? 『観光立国の正体』(藻谷浩介、山田桂一郎/新潮社)より、その実態を覗いてみたい。

■ビジネスの基本を共有できていない観光業界

 本書によると、日本の観光地がダメになった理由は2つあるという。まず1つは、一見のお客様を効率よく回すことだけを考え、満足度やリピーターを獲得する努力を怠ってきたこと。かつての日本の観光業界では、旅行会社と旅館やホテル、お土産物屋、運輸業者などががっちり手を結び、一種の利益共同体を形成していた。旅行会社がおくりこんでくる団体客にお決まりの食事を出し、いっせいに布団を敷いて寝てもらえば、とりあえず利益が確保できた。古い事業者はこれについて「私たちは経営努力を重ねてきた」と豪語する。しかし厳しい言い方をすれば、客を右から左にさばいたに過ぎない。お客様の満足度をとことん追求し、再訪してもらうという、本当の意味での経営努力ではなかったはずだ。日本の観光業界は「リピーターあってこそのサービス業」というビジネスの基本すら共有していないと、本書はばっさり言いきっている。

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■魅力ある地域づくりが「強い観光地」を生む

 日本の観光地がダメになったもう1つの理由は、住民の生き生きしたリアルな生活がお客様に全く見えず、体験する機会もなかったことだ。これまで多くの事業者は、目先の業界利益に目を奪われ、魅力ある地域づくりには取り組んでいなかった。行政や観光協会主導でイベントを企画したり、いわゆるハコモノの建設を働きかけたりすることはあっても、幅広い業種と連携して地域全体に利益をもたらすような発想は希薄だった。これでは他の産業事業者や住民の意識は高まらず、訪問者が「また来たい」と感じるような地域を育てることはできない。本書はこう説いている。

何度でも訪れたくなる「強い観光地」の基礎となるのは、そこで暮らす人たちの豊かなライフスタイルです。そこにリアリティをもたらすためには地元ならではの生活文化や伝統風習、自然環境や景観の良さ、地場産業が提供する本格的な価値に裏打ちされたきめ細やかな商品や製品、サービスの提供が必要になります。

 そのためには観光関連事業者だけでなく、農林漁業や商工業に関わる事業者、NPO、市民団体、一般住民など、幅広い人々が主体的に参加しているかどうか重要になる。地域経営という視点から地域全体を最適化するようなドラスティックな発想転換が必要不可欠なのだ。それが今の観光業界、ひいては観光地域全体にできていないことだ。

■観光地にはびこる「地元のボスキャラ」

 冒頭でも触れた「地元のボスキャラ」とは一体どんな人たちなのか。本書ではそれを比ゆ的に表現しており、それは「半沢直樹の敵」のような人だそうだ。しかも地元旅館の2代目オーナー、地元企業の2代目経営者など、「同族の2代目」に多いらしい。

 老舗旅館や大型ホテルの経営者が、地元観光協会や観光連盟のトップや役員に君臨し、既得権益にどっぷりと浸かってしまう。自分たちの無策を棚に上げて、お役所から予算を引っ張ることしか頭にない人も多々いるそうだ。彼らは、地元を良くしようと地道に頑張る若者や新参事業者を良く思わず、至るところに圧力をかけて潰してしまう。タチの悪いことこの上ない。さらに「地元のボスキャラ」であるため権力も持っており、地元の政治的な問題も持ち出す。やりたい放題、かき乱し放題というわけだ。

 本書の冒頭や第5章ではその具体例が載せられている。なぜ書かなかったかというと、具体的な名称が飛び出しており、その具体例もリアルを極めたので、さすがに自重してしまった。

 日本の地方は疲弊し続けている。その活路となるのが、観光地の賑わいであり、国策にも挙げられる観光立国だ。日本には素晴らしい観光地がいくつもあるのに、その輝きがくだらない人間たちのせいで潰されていくのは悲しい。観光業界関係者は、地元のボスキャラたちは、これらの問題点に、自分自身の行いにいつ気がつくのだろうか。

文=いのうえゆきひろ