「7200秒」がもたらした一生の傷―レイプの被害者と加害者が綴る、衝撃のノンフィクション

社会

2017/8/18

『7200秒からの解放 レイプと向き合った男女の真実の記録』(越智 睦:訳/ハーパーコリンズ・ ジャパン)

 性暴力が根絶されない理由の一つは、被害者と加害者の意識にあまりにも差がありすぎる点だろう。どんなに反省し、行いを悔いても加害者は被害者の気持ちを知りえない。それどころか、被害者が起訴しない限り、罪の自覚がないまま過ちを繰り返す加害者も少なくないのだ。

 だからこそ、ソルディス・エルヴァとトム・ストレンジャーの勇気ある挑戦は称えられるべきだろう。二人の共著、『7200秒からの解放 レイプと向き合った男女の真実の記録』(越智 睦:訳/ハーパーコリンズ・ ジャパン)はレイプの被害者と加害者が、それぞれの立場から自分の心を吐露していくノンフィクションである。被害者の感じる「恥」と加害者の感じる「罪」の違いを知ることは、性暴力の防止につながる大きな一歩となるだろう。

 ソルディスがトムにレイプされたのは16歳のときである。ソルディスはアイスランド在住の女子高生で、トムはオーストラリアからの留学生だった。ソルディスはトムに惹かれ、初体験の相手に選ぶ。しかし、ある夜、酔っ払ったソルディスを家まで運んだトムは、アルコールで動けなくなっている彼女を同意なしに犯してしまう。やがて、トムの帰国と共に二人の関係は終わったが、2時間(7200秒間)にもわたったトムの罪は、二人の人生にその後も大きな影を落とした。

 ソルディスはPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむも、原因を認められずに自暴自棄な行動を繰り返し続けた。レイプとは見知らぬ異性によるものだという思い込みから、ソルディスは「トムにレイプされた」と受け入れられず、警察にも話せなかった。

 一方、トムも愛する女性を衝動的に傷つけてしまったことで苦悩する。ハンサムで明るいトムは魅力的な男性だったが、いざ女性と付き合っても上手くいかない。自分が最低な人間だとバレるのが怖くて、女性に心を開けなくなるのだ。

 事件から3年後、二人はアイスランドで再会するが、気まずい別れ方をしてしまう。しかし、さらに5年後の2005年、性暴力防止の活動に取り組み始めたソルディスはトムと向き合うことを決意する。ソルディスからトムにメールを送り、メッセージの往復が始まる。やがてライターとして成功し、最愛のパートナーと婚約も果たしたソルディスは2013年3月、トムと9日間だけ再会しようと提案する。16年越しに過去と決別し、前向きに未来へと踏み出すためだ。

 アイスランドとオーストラリアの中間地点である南アフリカを訪れた二人は、表面上はにこやかに会話を続ける。しかし、決して心の全てが通っているわけではない。本書ではソルディスの手記とトムの手記が交互に掲載され、二人の共感やすれ違いが露になっていく。たとえば、ソルディスが南アフリカで行われていた女性差別について語り出したとき、トムは疎ましく思ってあしらってしまう。ソルディスはトムには当然聞く理由があると怒るが、トムは自分の愚かさを突きつけられたようで耳を貸せなかったのだ。十分に傷ついた女性と、十分に後悔した男性でさえ完全には分かりあえない現実にどう救いが見出されるのか、読者はスリリングに見守ることとになる。

 ソルディスはトムを「赦す」ために南アフリカへやって来た。加害者を赦さなければ、永遠に被害者は前に進めないからだ。そして、トムはソルディスを「理解する」ためにやって来た。被害者の気持ちを理解しなければ、トムの後悔は自己憐憫に過ぎなくなるからだ。

 滞在日数が重なるにつれ、二人の会話は核心へと迫っていく。ときには子どものように取り乱し、涙する場面もある。あまりにも赤裸々な告白を通して、本書はレイプという罪の重さを改めて読者に考えさせる。人格を壊し、尊厳を奪うレイプは身近に起こってもおかしくない犯罪だ。パートナー相手でも強制的に行われた性行為はレイプに含まれる。だからこそ防止のためには、男女ともにお互いの心を思いやって過ごすことが何にも増して大切なのである。

文=石塚就一