取材の動機は私的なもの―6人のノンフィクションライターが語る「なぜ取材するのか」【編著者インタビュー】

社会

2017/8/10

『僕たちはなぜ取材するのか』(藤井誠二:編著、中原一歩、上原善広、安田浩一、尹雄大、土方宏史、森達也:著/皓星社)

 ノンフィクションライターの藤井誠二さんによる『僕たちはなぜ取材するのか』(藤井誠二:編著、中原一歩、上原善広、安田浩一、尹雄大、土方宏史、森達也:著/皓星社)は、6人のライターやディレクターの取材についての思いや、仕事の進め方が対談形式で語られている。2016年に公開された映画『ヤクザと憲法』を監督した土方宏史さんのみ東海テレビの社員だが、森達也さんや上原善広さんなど5人はいずれも、フリーランスの立場で執筆を続けている。彼らは時に罵倒されながら、時に安くはない自腹を切りながら、果敢に取材対象に向かっている。そんな6人を取材した藤井さんに、「なぜ取材をするのか」を伺った。

執筆のために、年間20万円近く自腹を切ることも

 「これは僕の『Yahoo!個人』の随時掲載を加筆修正してまとめたもので、最初は本にしようとは考えていなかったんです。知人のノンフィクションライターが新刊を出すたびに話を聞いてきたんですが、内容そのものについてよりも、どうやって対象を探してどう取材を進めてきたかに関心があって。僕は『作り手の視点』を知りたいんです」

 なぜ取材過程を知りたいと思うのか。それを聞いて、自身も取り入れてみようと思ったのだろうか?

 「聞いた話を僕の血肉にしたい部分もありますが、どういう動機づけをしてどんな手順で取材を進めたかを聞くほうが、人となりが出やすい気がするんです。そして読者の方(かた)も、取材の裏話には興味があるのではないかと思ったんです。というのも以前、週刊誌のノンフィクション連載をテーマにしたイベントを聞きに行ったら、まさかの満席。客席にいたおっさんたちが、キラキラしながら登壇者の話に聞き入っていたんです(笑)。でも確かに人の苦労話って面白いじゃないですか。以前僕もクラウドファンディングのお礼イベントで、取材ノートを公開したら集まった人が皆興味津々で。もちろん話せないこともありますが、『こういう風に取材を進めました』という悲喜こもごもを公開することは、書き手の信頼度にもつながる気がします」

 銀座の名店・てんぷら近藤の近藤文夫さんに迫った『最後の職人 池波正太郎が愛した近藤文夫』(講談社)著者の中原一歩さんは、ひたすらひたすら店に通い続けた。さらに上京したてでまだライター仕事もない19歳の時、10万円を持ってはじめててんぷら近藤に行ったこと、取材したい気持ちを手紙に書いて送ったことなどを明かしている。また執筆中も天ぷらを食べるために店に通い、飲食費だけでも年間20万円近い自腹を切ったとも語っている。「食」をテーマに誰かを書く際、ある程度の時間とお金を費やさなければ見えないものがあることが、中原さんから伝わってくる。

 一方、上原善広さんは被差別部落である「路地」をテーマに、自身の生い立ちや日本の被差別部落史をなぞっている。内側にいた者ならでは視点は、上原さんが路地出身だからこそだろう。誰にでもマネできるものではない。

 「マニュアル本ではないので、ノウハウというよりそれぞれの使命感や取材に至る流れを感じとっていただきたいんです。安田浩一さんは週刊朝日の連載『ハシシタ』と、過去の剽窃が問題になった佐野眞一さんについて長く語っています。これが次第にどうノンフィクションを作るかという話につながり、なぜ安田さんがネトウヨや沖縄を取材するのかが見えてきます。こうして一人ひとりの取材の流れを追っていくと、作品が生まれる背景とか時代の要素みたいなものと、どこに関心が向いていたかがわかるんですよね」

取材の動機は社会正義ではなく、私的なもの

 官邸などが記者会見をすると、そこに集まった記者は一斉にパソコンを打ち始める。カチカチカチカチ……とキーボードを打つ音は、テレビ越しにだって聞こえてくる。首相や官房長官が何を言ったか。それがそのまま、新聞やニュース番組で伝えられる。

 確かにストレートニュースであれば「記者の視点など入れず、ありのまま伝える」のが正しいかもしれない。しかしドキュメンタリーにおいては、森達也さんは「事実をありのままに脚色や演出もないまま撮った映像は『極端に言えば監視カメラの映像』で、それは作品でもないし表現でもない」と喝破している。どういう取材と伝え方が、ドキュメンタリーと言えるのだろうか。

 「最近は『公正中立』が言い訳のように使われているところがあると思います。また『両論併記』という言葉がありますが、確かに立場が異なる双方に話を聞くのは取材の過程で大切なことだと思うけど、書くか書かないかはその人次第。なのに最近はラジオでもテレビでも全部同じ論調になっていて、腰が引けてる状況ではないかと思います。政治に対して気を遣って事実だけを伝えようとか、そういう姿勢で作ると途端にノンフィクションは面白くなくなります。土方さんがヤクザの日常を撮った『ヤクザと憲法』は大盛況で、苦情もあまりなかったと言っていました。反社会勢力をテーマにするのだからと、外側から見たバランス取りにこだわっていたら、話題を呼ぶ作品にはならなかったのではないか。この本に登場する人は自身のバランス感覚は持っていますが、それは取材対象との関係で生まれるものであって、政治や社会に気を遣っているものではない。そして皆、『社会のために』という大義名分ではなく、それぞれがごく私的な理由で取材を進めている。だから話を聞いてみたいと思ったんです」

 ドキュメンタリー番組は深夜に追いやられ、『G2』(講談社)などノンフィクション雑誌も休刊した今は、取材をしたい人にとっては厳しい状況と言えるかもしれない。しかし藤井さんは「それでも、なくなることはない」と言う。

 「『ノンフィクション冬の時代』と言われて久しいですが、僕が非常勤講師をしている大学の生徒たちは、圧倒的に電子書籍ではなく本で読んでいます。だから新書などの紙の本は、これからも残り続けるのではないか。でも僕も生活は楽ではないので、毎年やめようかと考えているのは事実です(苦笑)。でもそれでもやめられないのは、取材相手との約束を果たすというのもあるけど、うまく言葉で説明できない動機づけがあるからです。

 ニュースは第一報を伝えるものだから、それはそれで必要。でも起こっていることを深く知るために、書き手の視点が出ている取材記事も必要だと思うんですよ。そういうものはこれからも、なくなることはないんじゃないかな」

▲編著者の藤井誠二さん

取材・文=碓氷連太郎