罪を犯したヒロインだけが放つ、危険な美しさ――。大正時代の人気絵師が心の謎を解き明かす、艶やかなミステリー『散り行く花』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/11

『散り行く花』(伽古屋圭市/講談社)

 芸術はときにモラルや法律と対立する。ミステリー界の俊英・伽古屋圭市が放つ最新作『散り行く花』(伽古屋圭市/講談社)は、殺人を犯した4人のヒロインの危うい美しさを正面から扱い、読者の良識をぐらぐらと揺さぶる時代ミステリー作品だ。

 舞台となっているのは大正時代だ。さまざまな文化が花開いた一方、現代に比べるとまだ女性の立場が弱かったこの時代。ある者は愛のために、またある者は自由のために犯罪に手を染めてゆく。

 どうしても愛情を抱くことができない夫を発作的に殺害してしまった第1話「躑躅ノ毒」の千佐。自分を遊郭に売り飛ばした憎い男を嵐の夜に射殺しようとする第2話「瓜ノ顔」の鹿埜。周到なアリバイ工作を施したうえで、大学教授の父を亡き者にした第3話「柚ノ手」の柚子。自分を囲っていた男とその家族が相次いで死亡したため、妾をやめると告げる第4話「蜜柑ノ種」の雪江――。社会状況こそ違えど、4つのエピソードで描かれるヒロインの切実な思いや行動は、きっと現代の読者をも惹きつけるはずだ。

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 女たちが犯した4つの犯罪は、ある男の登場によって暴かれてゆく。本書で探偵役を務めるのは、大正時代に活躍したある有名な人物。作中に名前が出ていないのでここでも明かすわけにはいかないが(美人画で知られる人気絵師で本名は「茂次郎」、といったらお分かりだろうか?)、華麗なプロフィールといい、ルックスや知名度といい、まさにミステリーの名探偵役にぴったりといえる。

 茂次郎を名乗る男が謎を解き明かすのは、あくまで女たちの危険な美しさを絵に遺すため。したがって犯罪の事実に気がついても、警察に通報するようなことはしない。各エピソードが茂次郎の美人画創作秘話になっているという趣向はユニークで、そこが人間ドラマとしての味わいにもつながっている。

 さらに見逃せないのは、本格ミステリーとしての完成度の高さだ。ヒロインのちょっとした発言や行動が伏線となって、予想もしなかった事実が導き出されてゆく謎解きパートの衝撃は毎回かなりのもの。個人的には先入観を巧みに利用した「躑躅ノ毒」のトリックに驚かされたが、「瓜ノ顔」「柚ノ手」もそれに劣らないクオリティ。最終話「蜜柑ノ種」は初めて茂次郎視点で物語が進行したり、切ない幕切れが全体のエピローグに重なっていたりと、ドラマ性のある展開で読ませる。

 著者の伽古屋圭市は、海堂尊や中山七里などを輩出した「このミステリーがすごい!」大賞出身の作家だ。ここ数年、大正時代を舞台にしたミステリーを意欲的に発表してきたが、本書『散り行く花』はそうした傾向のピークといってもいい作品だろう。ブレイクのきっかけとなりそうな充実作なので、「面白いミステリーが読みたい」という方はぜひ手に取ってみていただきたい。

文=朝宮運河