消えた10億円…「国家のタブー」に挑んだ名もなき刑事たちの戦い 清武英利著『石つぶて 警視庁 二課刑事の残したもの』

文芸・カルチャー

2017/9/6

『石つぶて 警視庁 二課刑事の残したもの』(清武英利/講談社)

「政府の汚職は、常に過去形で報道される」という言葉がある。しかし、いくら時が進もうとも、世の中が浄化されようとも、残念ながら汚職が過去の出来事になることはありえないだろう。警視庁による汚職事件の摘発件数は過去に比べると、激減しているらしい。だが、この世の中から汚職が駆逐されつつあるとは、到底いえない。年々巧妙化する手口。かつて、汚職事件はどのように捜査されてきたのか。過去の事件を知ることは現代の問題に迫るヒントとなるのではないか。

 清武英利氏著『石つぶて 警視庁 二課刑事の残したもの』(講談社)は、2001年に発覚した外務省機密費流用事件を描いたヒューマン・ノンフィクション。清武氏といえば、『しんがり 山一證券 最後の12人』『プライベートバンカー カネ守りと新富裕層』など、自身の記者経験を武器とした徹底した取材をもとに描いたノンフィクション作品で知られるが、本作では、官邸・外務省を揺るがしたこの事件の舞台裏に迫っている。

 本作では、誰一人として脇役がいない。誰もが一人の人間として、自らの信念と矜持のもと生きようとしている。かつての自分の古巣・外務省が腐敗していくこと、そして、身内の裏切りが許せない出入り業者の社長。「外務省で官製談合の疑いがある」旨をこの社長から聞いた元代議士・水野清。談合の疑いについて水野から連絡を受けた警視庁捜査二課情報係・中才宗義らは、捜査を開始する。捜査によって次第に明らかになっていく、機密の壁に守られた外務省の実態。外務省の要人外国訪問支援室長・松尾克俊への不自然なカネの流れ。ついに松尾への取り調べをする場面は、まるでその場に居合わせているかのような緊迫感に思わず引き込まれる。

「これは言えないカネです。これをしゃべったら殺されます」
「それは何?聞きたいのは一つだけなんだよ。あんたの途方もないカネは何なの」
「あれは領収書がいらないカネなんです……。総理の外遊時の経費です」
総理の?領収書がいらない経費なんてあるのか。

「ノンキャリの星」と呼ばれていた松尾による、約10億円の官房機密費受領、約5億円の詐取は、刑事たちにとっても、驚愕の事実だった。さらに描かれる外務省ノンキャリアの詐欺事件の詳細な記録は、なんと生々しいことか。次々と愛人を作り、何頭も競走馬を所有した松尾。地道な裏付け捜査と職人技を駆使した取り調べ、そして容疑者と刑事の間に不思議な人間関係が生まれていくさまをも清武氏は巧みに描き出している。

 機密費という「国家のタブー」に触れてしまった二課刑事たちにはどんな未来が待っているのか。名もなき刑事たちの奮闘に魂が震える思いがするのはなぜだろう。この本からは、人間たちの息遣いが確かに聞こえてくる。

※文中一部敬称略

文=アサトーミナミ