「セックスで生きていく」彼女たちのリアル――欲望なのか、性の暴走なのか?

社会

2017/9/20

『セックスで生きていく女たち』(酒井あゆみ/三交社)

 「貧困女子」という言葉が話題になったが、生活費を稼ぐためというのは古くから売春の理由でもあり、近代社会において彼女たちは社会福祉による保護の対象となるべきだろう。だが、お金を稼ぐためだけではなく、セックスをしたいからやる女性も一定数存在するという。『セックスで生きていく女たち』(酒井あゆみ/三交社)を覗いてみると、人と人との間に「通じ合えないモノ」が横たわっているように思えた。

 著者は自身も風俗嬢だったノンフィクション作家で、女性がお金を払って男性を買うという女性の性欲をレポートした『レンタル彼氏』などをこれまで世に送り出してきた。近年は体調不良により執筆活動が途絶えていたが、再び性風俗やLGBTなどの取材活動を始めるようになり、5年の沈黙を破って復活した第一弾作品である本書においても、著者は売春の実態を丹念な取材によって読者に突きつけてくる。

 今や当たり前の感がある女子高生の援助交際の例では、17歳の美樹の話が理解に苦しむ。そもそも彼女は、好きな人にフラれた寂しさを紛らわせるため、出会い系サイトで会った男性たちと次々と関係を持ったという。ただし、その頃にはまだ金銭を受け取っておらず、ウリをやっていた友人から「タダでするのなんかもったいない!」と言われたことをキッカケに援助交際を始めたそうだ。しかし、個人でウリをしていて複数の男性に強姦され死の恐怖を味わい「一生ウリをしない」と誓ったはずの彼女は、3ヶ月後にはデリヘルを始めてしまう。どうやら彼女が学んだのは、「危険なウリをしたのがいけなかった」ということらしい。

 出産後にセックスレスとなり暇と体を持て余した主婦たちが、合コングループを作り日中に男性と会うという話は、なんだかドラマみたいである。ただ、若い女子高生が体を簡単に売っているようなのに対して、主婦の場合は人生経験の積み重ねによる危険回避のためなのか夫がいることが一定の歯止めになっているのか、多少エッチなゲームを折り込みつつも合コンなどで食事や会話を楽しみ、一線を越えずに切り上げることが多いという。記憶が正しければ、私が高校生の頃に「援助交際」という言葉が売春と同義語のようにマスコミに取り上げられ社会問題化したが、当時の女子高生の間では年上の男性の食事につき合ったりすることを意味し、売春の隠語は「売り」と呼んで区別していたはずである。

 そして「ウリ専」は、今では男性が男性を相手に体を売ることを意味するようになり、本書でも現役男子高校生で18歳のヒロの話があるのだが、彼は同性愛者ではなく彼女がいる。母子家庭で兄と3人暮らしのヒロは、大学へ行く費用を稼ぐためにその手の店に入り働いているそうだから、「貧困男子」ということになるだろう。そんな彼を指名する女性客もおり、若い女性からは見せびらかしのために飲みに連れ回されることが多いのに対して中高年の女性などは「エッチに比重がかかっている人が多い」のだとか。
 その、一般的には45歳以上とされる中高年になってから性風俗デビューする女性もいるそうで、63歳のフミ子は「まだ女として残り火がかすかに残っていることを確認できた」と語っている。

 風俗嬢だけでなく愛人業もしてきた著者ではあるが売春自体は肯定しておらず、何度か取材相手を心配して苦言を呈したり助言したりしているのだけれど、おそらく読者もひとこと言いたくなるだろうし私もそうだ。しかし、この原稿を書いているときに友人から連絡があり、相手に良かれと思って助言してもその人に響いていないようだと嘆いたのに対して、私は「通じ合えないということを理解しただけでも良かったのではないか」と答えた。勝手に相手を理解した気になって心を寄せても、自分の物差しで価値観を押しつけるだけなのではと、本書を読んで頭をよぎったのだ。他人の人生を覗き見ても、自分の人生しか歩めない自身の経験不足を思い知らされた重い一冊だった。

文=清水銀嶺