糸井重里、池上彰も絶賛する、80年前の歴史的名著『君たちはどう生きるか』が話題!

アニメ・マンガ

2017/9/27

『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎:著、羽賀翔一:マンガ/マガジンハウス)

 最近、世間には学級委員や風紀委員がずいぶん増えたなあ、と思う。言っていることの善悪はさておき、そんなに正義や倫理にがんじがらめだと苦しくないのかな、と。

 そんなとき「ほぼ日の読書会」で糸井重里さんがこんなことを言っていた。「自分はこれまであまり人に本を勧めてこなかった。何故なら、本を読む人は自分のことをいいと思いすぎている気がする。あいつは本を読まないから、という言い方で、人間の優劣をつけている風潮を、苦々しく思っていた」と。

 善悪や優劣にとらわれず本について語り合いたい、という糸井さんが持参していたのが『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎:著、羽賀翔一:マンガ/マガジンハウス)。

 原作は、戦中に書かれ今なお読まれ継がれる歴史的名著で、著者は岩波少年文庫の創設にも尽力した、編集者であり児童文学者の吉野源三郎。池上彰氏が「子どもたちに向けた哲学書であり、道徳の書」と序文を寄せたことで話題の新装版とともに、80年の時を経てマンガ版が刊行された。

1982に刊行
新装版

 主人公は中学2年生のコペルくん。亡き父のかわりに導いてくれるおじさんと、日々の悩みや疑問を語り合 ううち、彼は人生の本質を見出していく。だが頭ではわかっていても、できないことがある。ある日、友達に対して犯してしまった裏切りは、それまで培ってきたはずの自分も、おじさんも裏切るものだった――。弱い自分に向き合 い、大人への一歩を踏み出していくコペルくんを通じ、生きていくことの本質を教えてくれる児童小説であり思想書だ。

 思想だの哲学だのと紹介すると、こむずかしく押しつけがましいものと感じるかもしれない。さらに書かれたのが戦中ともくれば、若い世代にとっては敬遠しがちな存在だろう。

だが、だからこその新装版でありマンガ版なのだ。枠にとらわれずに手にとってみると、生きていくうえでぶつかる悩みや疑問、人間関係で生じる葛藤など、人が乗り越えなくてはならない壁に、世代も性別も関係ないのだと知ることができるのだ。時代が違うとか、児童書だからとかいう思い込みは捨てて、若者もそうとは呼べなくなった人も、ぜひ手にとってみてほしい。現に、読み終えた読者からはこんなコメントが寄せられている。

【原作読者のコメント】

幾つになっても読んで学ぶことがある。子供向けに書かれているから読みやすいけど、内容については年齢を重ねるとともに深く理解できそう。

現在にも通用する価値観に感銘を受けるとともに、書かれた時代、社会情勢を考えると一層驚きを覚える。ぜひこどもたちにも読ませたい名著。

【マンガ読者のコメント】

君ではなく「君たち」であること。「こう生きるべき」という断定ではなく「どう生きるか」という問いかけであること。定期的に読み返し、自分のものにしたい。きっとこの本からはこの先ずっと大切にしたい生き方の指針が見つけられる。

 物語の冒頭、アパートの屋上から行き交う人々の姿を見ながら「分子みたいにちっぽけだ」と呟いたコペルくん。「目をこらしても見えないような遠くにいる人たちだって 世の中という大きな流れをつくっている一部なんだ もちろん近くにいる人たちも おじさんも僕も」。「人は一人として単体で生きているわけじゃない」というコペルくんの発見が本書全体に沁みとおっており、それを高い位置から俯瞰して眺めたことで発見したというところにおもしろさがある、と糸井さんは語る。

 だが、どんなに知識をたくわえても、物事の全体像や正しさを理解したつもりでも、失敗してしまうことはある。とんでもない過ちを犯すこともある。自分のとほうもない弱さに直面したとき、自分を救ってくれるのは、これまでと同じように俯瞰して物事を考える力であり、「抽象化することが生きる武器になる」(糸井)。生きていくことはその連続であり、自分なりの武器をそなえてどう立ち向かっていくのか。君たちは、私たちは、どう生きていくのか。深く考えさせてくれる、まぎれもない名著なのである。

文=立花もも

※読者コメントはドワンゴが運営する「読書メーター」より