“売春島”と呼ばれた離島の実態――現代最後の桃源郷を描くノンフィクション

社会

更新日:2017/11/6

『売春島 「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』(高木瑞穂/彩図社)

 借金を抱えたり、恋人にだまされたりして売り飛ばされた女性たちが、売春によって金を返済していく―そんな物語を時代劇やヤクザ映画で見たことがある人は多いだろう。しかし、現実にもそのような事例は数多く存在する。そして、近隣住民も売春の恩恵にあずかってきたケースもありえるのだ。

『売春島 「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』(高木瑞穂/彩図社)は性風俗について数々のルポを発表してきた著者の最新作である。三重県志摩市の東部に位置する渡鹿野島は売春によって島全体が栄えてきた歴史を持つ。しかし、徐々に性産業は廃れ、現在は風前の灯となっている。島の繁栄も暗部も関係者の証言から明らかにした、渾身の一冊だといえるだろう。

 渡鹿野島が独特な歴史を持っているにもかかわらず、目立った文献が少ないのには理由がある。売春の運営には暴力団も密接に関わっていたため、最盛期に深く取材できた記者がいなかったのだ。その結果、「客はみな監視されている」「実態を調べていた女性ライターが失踪した」など、真偽のほどが定かではない噂が出回るようになり、ますます島の実情が伝わりづらくなってしまった。

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 そもそも、渡鹿野島に置屋と呼ばれる大人の遊び場ができたのは江戸時代からで、かなり古い。やがて、1956年の法改正で売春への取り締まりが厳しくなると、旅館という形を隠れ蓑にして性産業は続いていく。そして、1960年代後半、四国から来た四人の女性たちがスナックを拠点に売春を仕切るようになったあたりから、渡鹿野島の性産業は発展を遂げる。特に暴力団のサポートを得ながら、太いパイプを獲得したホテル「つたや」は渡鹿野島の中心として栄華を極めた。

 著者は取材力と人脈を駆使して、証言に信頼の置ける人物へと話を聞きにいく。人身売買ブローカーや置屋の元経営者などから紡ぎだされるエピソードの数々はいずれもリアルだ。

 たとえば、元暴力団組員のX氏は若い女性を次々にナンパし、渡鹿野島に売り飛ばした過去をオープンに語る。1人あたりに支払われたバンス(報酬)は200万円ほどで、X氏が送り込んだ女性は30人以上。シノギの中でもかなり高額な部類に入るだろう。

 しかし、景気のよさはいつまでも続かない。外国からの出稼ぎ売春婦が多くなると、ホテルで宴会を行ってから客を取る従来のシステムが成立しなくなった。また、平成に入ってからは薬物中毒の女性も島にやって来るようになり、客足が遠のき始める。

 決定打となったのは2016年5月に開催されたG7伊勢志摩サミットだ。各国首脳が集まる機会に、行政のクリーン化が加速し渡鹿野島への風当たりが強くなる。わずかに残っていた置屋もますます減少し、いまや渡鹿野島から売春の文化が失われるのは時間の問題である。

 見方によってはこの状況を喜ばしいものとする人もいるだろう。しかし、少なくとも一部の島民はそう感じていない。著者の取材に応えてくれた人々には、島が売春で栄えていたころの熱気をなつかしく思う声も少なくなかった。もともと目立った観光施設や特産品があるような島ではない。売春という強みがなくなりつつある今、島の経済自体が衰退の一途を辿っているのである。

 売春の中心だった「つたや」も2016年10月には人の手に渡った。経営者たちの大半も性産業から足を洗い、穏やかに余生を過ごしている。かつて「売春島」と呼ばれ、話題を振りまいていた渡鹿野島もいまや小さな離島にすぎない。性産業と聞くだけで眉をひそめる人は多いだろうし、渡鹿野島の黒いコネクションまで全肯定するのは難しい。しかし、地方の活性化とクリーン化、どちらが本当に住民の望む未来なのだろうか。あえて「桃源郷」という言葉を使い、本書は行

政に問題提起を投げかけるのである。

文=石塚就一