テロと資源で揺れる現代。問題解決へのヒントはこの近未来フィクションの中にあった オマル=エル=アッカド著、黒原敏行訳『アメリカン・ウォー』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/11

『アメリカン・ウォー(上・下)(新潮文庫)』(オマル=エル=アッカド:著、黒原敏行:訳/新潮社)

多発するテロに揺れる先進国。トランプ政権のエネルギー政策で割れる米国世論。これら「いま」の世界を揺さぶる問題の根源にあるメカニズムをひもとき、さらにそれらの行き着く先を痛烈に明示する巨弾エンタメ小説がアメリカで誕生した。瞬く間に全米で大きな反響をもって迎えられたその小説は、太平洋を飛び越え日本でも緊急出版される事態となった。『アメリカン・ウォー(上・下)(新潮文庫)』(オマル=エル=アッカド:著、黒原敏行:訳/新潮社)のことである。本書を読み終えたとき、あなたはきっとこう思うだろう。「これは単なる設定ものの近未来ディストピア小説ではない。いま我々の生きている世界のことだ」と。

舞台はエネルギー政策で南北に割れるアメリカ

物語の舞台は西暦2075年、ルイジアナ州セント・ジェイムズから始まる。地球温暖化による環境破壊に歯止めがきかなくなり沿岸地域が水没の一途をたどるアメリカでは、化石燃料の使用を全面禁止する法案が可決される。クリーンエネルギーを推進する「青いアメリカ」に反発した南部3州の「赤いアメリカ」は独立を宣言、合衆国は内戦(第二次アメリカ南北戦争)に突入していく。

現実社会でも2016年に共和党優勢の赤い州に支持されて当選したトランプ大統領は今年6月、「パリ協定」からの離脱を表明。この物語は建国時から今も変わらないアメリカの南北対立を如実に伝えている。

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著者が描きたかった「報復の普遍性」とは

本書は主人公の少女サラット・チェスナットとその家族が戦争によって強いられる悲惨な運命を描いている。予測不可能な自爆テロ、「戦闘鳥」による爆撃、合衆国軍による大虐殺。理不尽で無慈悲な戦火の被害者となった少年少女達は非正規軍の武装組織が展開するゲリラ戦に参加し、過激思想に洗脳され自爆テロを決行する者も出てくる。この構図は現在のイスラム世界の若者達を実にストレートに表している。

「どこの国で生まれ育った人間であれ、同じような苦汁をなめさせられれば同じような報復に走るはずで、たとえば自爆テロもイスラム教の特性から来るのではなく、同じような状況に置かれたら人種や宗教の別なくそれを実行する可能性がある。」(本書・訳者あとがきより)

鋭利な視点で現代を切り取った近未来フィクション『アメリカン・ウォー』。米国の名門クノッフ社から異例の大物新人としてデビューを果たし、ニューヨークタイムズの紙面も大いに賑わせたようだ。今年度ナンバーワンと謳われる本書、いまとこれからを生きる我々にとって必読の書と言えるだろう。

文=K(稲)