28歳、独身、職なし。そんなわたしを救うのは…温かい「ごはん」の物語『かしましめし』

マンガ

更新日:2017/10/30

『かしましめし』(おかざき真里/祥伝社)

 仕事を終え、たくさんのモヤモヤした感情が残る夜。たまった愚痴をバーッとまき散らすのではなく、自分とは異なる環境で一日を過ごした気の置けない人たちと、他愛もないおしゃべりをしながら食べる夕飯が、やけに美味しく感じられ、癒されることがある。

 20代も後半になると、納得行かない事柄に正面から向き合い、正論をまくし立てて解決しても、得られるものがほとんどなく、虚しさばかり残ることが身にしみてわかってくる。それよりも、辛いことからは少しだけ距離を置き、色々な方面からアプローチできるように、しなやかに生きる技を身につけた方が、明日もまた頑張れる気がするのだ――。

 おかざき真里の『かしましめし』(祥伝社)は、美大の同級生だった三人が、おしゃべりをしながら食事を共にすることで、少しずつ生き返る様子が描かれる、とても温かなマンガである。

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 登場するのは、心身共に疲れ果て、憧れの仕事を退職した千春。キャリアウーマンとして花形部署でバリバリ働くものの、婚約者に去られた過去を周囲から憐れまれるナカムラ。共に暮らす恋人が家に帰らない日々に寂しさを抱くゲイの英治。

 同級生の自死をきっかけに1年前に再会した三人は、一人で住むには広すぎる家で暮らす千春のもとで、頻繁に「家飲み」をすることになる。

 三人とも、仕事や恋愛、家庭の問題など、抱えているものは決して軽くない。息が詰まりそうになる日だって、もちろんある。

 しかし、千春の家で、コンタクトを外して、メガネで、黒ゴムで、ラフな服装で。完全に武装解除して、周囲の目を気にせず、ハフハフホクホク食べるごはんのシーンは、思わず涙が出てきてしまうほど、何とも幸せそうなのだ……!

 また、登場する料理も、オシャレで手間がかかっているように見えるのに、実は簡単に作れてしまう優れものばかりなのも嬉しい。

 好きな食材を何でもトッピングできる「包まないギョーザ」や、バターとヨーグルトと生クリームの乳製品三連発が絶妙なハーモニーを奏でる「バターチキンカレー」は特に食欲をそそられた。

 三人は誰かが抱えている問題に、決して口出しすることはない。興味本位で聞くこともなければ、無理して話をさせることもない。

「28歳ともなれば 知っている 私たちが欲しいのは“問題の解決”とかじゃない 問題が解決したって 助かるわけじゃないんだ だからせめてごはんは美味しく 生きる運動だけは楽しく」

 人の痛みを充分すぎるほど理解しているこのモノローグには、強く共感すると共に、ささくれ立った心がみるみるうちに癒されていくのを感じた。

 私たちは日々、誰かが心をこめて作った手料理や、何気ない会話に、予想以上に助けられている。

 一人ではなく誰かと共に囲む明るい食卓は、何度だって疲れた心を蘇らせてくれる優しいパワーがみなぎっているのだと思う。

 さてこの三人、物語の終盤に、今後の展開がますます楽しみになるような、ある大きな決断をするのだが……。それは読んでからのお楽しみということにしておこう。

 ちなみにマンガに登場するごはんは、レシピが掲載されている。読後、誰かと一緒に他愛もないおしゃべりをしながら作って食べるのも、きっと楽しいはず。ぜひ本書を手にとって幸福な一時を過ごしてほしい。

文=さゆ