変人の妻と赤ちゃんに奮闘…ハードボイルド小説家がいつの間にか専業主夫に!?

出産・子育て

公開日:2017/10/8

『おっぱいがほしい! 男の子育て日記』(新潮社)

『さらば雑司ヶ谷』『日本のセックス』などエッジが効いた作風で知られる小説家、樋口毅宏。バイオレンスやセックス描写も躊躇しない、「自称ハードボイルド作家」の樋口は「感動」や「愛」からは最も遠く離れた場所にいる人間…のはずだった。

 そんな樋口でも生まれたてのわが子にはかなわない。『おっぱいがほしい! 男の子育て日記』(新潮社)では44歳にして父親になった樋口の、親バカな毎日が綴られている。しかし、そこは樋口の文章だけあって、単なるハートウォーミングな内容にとどまらない、前代未聞の育児エッセイに仕上がった。

 樋口と妻の出会いは2014年3月。樋口の著書『タモリ論』に感動した東大出身の美人弁護士とSNSを通じて知り合い、3度目のデートで男女の仲になる。「樋口さんの子供が産みたい。結婚してくださいなんて言わない」とせがまれ、ほどなくして妻は妊娠した。しかし、松竹芸能所属でテレビ出演も増えていた妻は「未婚の母」になることを事務所に許してもらえず、なし崩し的に二人は結婚する。

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 と、なりそめからして察せられるように樋口夫妻はかなりエキセントリックな人々である。妻は夫から「ヤリマン」と呼ばれるほど性には奔放で、夫婦で外出している際に関係があった男性と遭遇したこともあった。しかも、妻は悪びれる様子もなく夫に「二、三回ヤッただけだから。愛はないし」とうそぶく。

 樋口も樋口で、育児エッセイにかこつけて、日々たまる妻へのストレスを吐き出し続ける。情報番組『ビビット』レギュラーであり、売れっ子タレントでもある妻に代わって育児に励む樋口の不平不満が、本書のところどころに登場する。「仕事の時間を二時間間違えた」とヘラヘラしたメールを送ってきた妻に、「その間誰が子供の面倒を見ているのか」と怒り心頭の長文メールを返そうとして、あわてて削除する姿が悲しくもおかしい。

 しかし、こんな変わり者夫婦でも、赤ちゃんに注ぐ愛情には際限がない。「ウチの子が一番かわいい」と豪語し、男の子にもかかわらずディープキスまでするようになった樋口の溺愛ぶりには、「ハードボイルド作家」の呼び名も形無しだ。せっせと毎日、ミルクやおむつの世話をするだけでなく、家事もこなす樋口はもはや専業主夫に近い。

 妻は樋口の頑張りに感謝をしているのかと思いきや、逮捕された元セフレの面会に出かけるなど行動が予測できない。妻に振り回されながら、仲直りの「夫婦生活」まで暴露してしまう樋口も樋口だと思うのだが…。

 妻が離乳食を赤ちゃんに食べさせているときの描写が、このおかしな家族を象徴している。

「ヤリマン、母になる」
「何か言った?」
一文が笑っている。とにかく一文が可愛い。自分の中に、こんなにも何かに対して「可愛い」と思う感情があったなんて、この子が生まれるまで知らなかった。

 樋口は赤ちゃんのことを「先生」と呼ぶ。子育てに向いていなそうな男女すら、親にしてしまうだけの力を子供は持っている。子供がいる生活はいくつになっても人生に新しい刺激と幸福を運んできてくれるのだ。

 また、「育メン」になった樋口の目を通して、読者は世の中がいかに「育児=母親の仕事」という偏見に基づき回っているかに気づかされるだろう。とある映画館の男性トイレにベビーチェアがあったことで樋口は大喜びするが、逆を言えばほとんどの男性用トイレにはベビーチェアがついていない証でもある。「シングルマザーは働くな」や「母乳以外のミルクを与えるな」などの意見がいかに暴言か、男性には理解しにくいからこそ本書には価値がある。

文=石塚就一