「できれば、滑稽な死に方をしてみたい」奇想の作家・山田風太郎に学ぶ、死と向き合う作法

ライフスタイル

2017/10/12

『半身棺桶』(山田風太郎/筑摩書房)

 みずからの死と向き合い、死への準備をする――“終活”という言葉は、すっかりわたしたちの生活に定着したのではないだろうか。死に関する書籍も数多く出版されるなか、ひときわ異彩を放つ1冊がある。忍法帖シリーズや『魔界転生』、さらに数々の奇想小説を世に送り出した一大作家・山田風太郎のエッセイ集『半身棺桶』(筑摩書房)である。

 存命中は本書をはじめ、死を見つめる著書を多数執筆したことでも知られている山田風太郎だが、彼自身の死にまつわるエピソードをご存じだろうか。師と仰ぐ江戸川乱歩の命日から36年後のまったく同日に亡くなったこと、戒名は生前自分で考案した“風々院風々風々居士”であること…そんな彼が本書で放つ台詞がとにかく印象的だ。

人間は生まれて来るときの姿は同じだが、死んでゆくときの姿は万人万様だ

できれば、滑稽な死に方をしてみたい

 しかし彼によると、滑稽な死に方をはじめから製造してはむしろ滑稽味がなくなってしまうのだという。そこで始めるのが“普通に訪れてくる死を滑稽化する”ため、これまで身体に生じた異変を頭から足まですっかり洗い出してみるという作業である。そして立て続けに紹介される歴代の疾患に次ぐ疾患。けっして憂いや悲しみを感じさせない、むしろ「しょうもないなぁ」と笑ってしまう語り口は、さすが山田風太郎だ。その文章の妙をちょっぴり味わっていただこう。

数年前、ある翻訳家がマージャンが佳境にはいったころ、ツモった牌(パイ)を見たとたんにひっくり返って死んだ。心筋梗塞であった。〔中略〕もっともそのツモった牌が、ちっとも劇的でない平凡な牌であったというのが非劇的だ(悲劇的、ではない)。この「非」劇的なところがすなわち私の夢みる滑稽な死に方へ通じる。

私はヤケクソになり、知り合いに、こういう事情で片足を切ることになった。ついては近く「山田風太郎を食う会」をやるから、そのときはおいでになって御試食を願う。その場合、ビフテキ風がいいか、スキヤキ風がいいか、あるいは馬肉風に味噌煮がいいか、あらかじめご意見をおもらし願えれば幸甚という通知をした。

 ひたすらこんな調子であるから、死に対する恐れや悲しみなんてついつい引っ込んでしまう。なお片足を切る切らないについては、けっきょく老人性イボという診断を受け、医師から雑に薬を塗られ終了というオチつきだった。

 死についての考察は、愉快な歴代疾患御披露目だけで終わらない。山田風太郎の波瀾万丈な人生をふりかえり、そこから導き出された死生観が感情豊かにつづられてもいる。

 戦争を経験し、どうせ戦場に送られるなら人を殺すより救う方がマシだという理由で選んだ医学部。医者一家で、みずからも医学部に進んだからこそ感じる、人間の長生きに何の意味があるのか、人間はそれほど価値があるのかという疑問。幼少期に父を、中学生の春に母親を亡くした記憶。

私の三月の記憶は暗愁に溢れている。

 しかし月日が経つにつれ暗愁は甘くぼやけ、そして彼みずからも3月に死にたいと願うようになった。ふと文中に現れる、「お母さん、僕もなんとか生きてきたよ」という呼びかけ。

 山田風太郎とは、なんと不思議なバランス感覚をもった人なのだろう。大の大人を唸らせる名文・奇文を書いたかと思えば、まるで少年のような瑞々しい感性をほとばしらせる。突拍子もない発想を披露し読者を大笑いさせたその直後に、ふと繊細な一面をみせる。彼にとっての死もきっと、魅力的だがどこかとらえどころのない――そう、まるで彼自身のように――存在だったのではないだろうか。

 本書の大きなテーマは“死”だが、後半にはグルメ論、旅行記、文学論も盛り込まれている。エッセイを書いた当時、数年にわたって食べていたという“チーズの肉トロ”の描写にはつい涎が落ちそうになった。簡単なレシピとおすすめのアルコールも紹介されているので、ぜひ山田家にならってみてはいかがだろうか。

 最後まで一息に読み進めたあと、あとがきでハッと手が止まった。

あまり遠くない日、自分が棺桶にはいるときには、この随筆だけをいれてもらうかも知れない

 はたしてどうだったのだろうか。

文=市村しるこ