新宿区ゴールデン街は成功例? 世界中が注目する“夜の経済活動”が冷え切った日本を救う?

社会

公開日:2017/10/13

『夜遊びの経済学』(木曽崇/光文社)

 読者は温泉宿でこのような体験をしたことがないだろうか。旅館にチェックインし、ひと風呂浴びて夕食を楽しみ、気がつけば夜の8時。「さあ! 夜はこれからだ!」と意気込んだのはいいものの、外は真っ暗でロクに店は開いていない。時間を持て余してテレビをつけながらダラダラと過ごしてしまう……。あるいは地方都市に出張へ行き、取引先と商談をこなして接待を受けて、解散となったのがやっぱり夜の8時。「このままホテルに帰るのも……」と思って街をぶらつくが、地方都市のシャッター商店街や早い店じまいに立ちすくむ……。

 旅先で「夜になると暇を持て余す」という体験を誰もが一度はしたことがあるはずだ。日本の観光産業や地域振興の弱点と言えるこの問題を取り上げているのが『夜遊びの経済学』(木曽崇/光文社)だ。その解決策として本書では「ナイトタイムエコノミー」を提唱している。

■夜の経済活動が冷え切った日本を救う?

 ナイトタイムエコノミーとは、日が落ちた夕刻から翌朝までの間に行われる様々な経済活動の総称のこと。居酒屋、ライブハウス、劇場などは当然、夜間の英会話や予備校、深夜バスなどもナイトタイムエコノミーに該当する経済活動だ。

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 この「夜の経済活動」という考え方は現在、世界中が注目している。その理由は消費機会の拡大だ。我々は生活のためにどうしても必要な「衣食住」の出費を毎日のようにしている。一方、上記で挙げた経済活動については、「消費意欲」と「予算」、そして消費にふさわしいタイミング「消費機会」がなければ発生しない。その消費機会を昼だけでなく夜も設けることで、国及び地域の経済活動につなげようという施策なのだ。まさに消費者の懐が冷え切っている日本に必須な考え方と言える。

■文化財や自然観光だけでは消費が見込めない

 現在、日本の経済政策の中で最も注力しているのが観光振興政策だ。2002年の小泉政権から観光を「産業」ととらえ、様々な取り組みをしてきた。安倍政権の発足以降、外国人観光客が激増し、観光振興政策も成果を上げているように見える。しかし観光を産業ととらえたとき、最も重要なのは訪れた人の数ではない。その観光地でいくらのお金を落としたかだ。

 マナーの悪い観光客がゴミをポイ捨てすれば、片付ける手間がかかるし、ごみ処理のために血税が使われる。観光客が公共交通機関を使えば、地元の人々の通勤通学に影響が出る。それを解消するためにインフラを整備すればやっぱり血税が使われる。観光客を迎え入れることは「コスト要因」でもある。

 ならばその分稼げばいい。我が国は長い歴史と悠久の自然に恵まれた、世界的にも稀に見る豊かな観光資源を持つ国だ。ところが、せっかく恵まれた観光資源も「稼ぐ」という点で見ると問題がある。読者も思い出してほしい。たとえば京都の神社仏閣を巡って、いくらお金を落としただろうか。現地での交通費、拝観料、お賽銭、昼ごはんやお茶の費用をすべて足しても、決して大金とは言えない。近年では、自然散策を地域観光の目玉とする「グリーンツーリズム」の振興が一種のブームとなっているが、こちらはもっとお金が落ちない。日本には素晴らしい観光地がいくつも存在するが、文化財や自然観光だけでは観光消費という面で効果が薄いのだ。

 だからこそ消費機会の拡大とお金を落としてもらうため、ナイトタイムエコノミーを導入すべきなのだが、冒頭で述べたように日本は「夜の観光資源」が乏しい問題がある。2016年に日本政策投資銀行が訪日外国人旅行者に行った調査によると、「日本旅行で最も不満だった点」という問いに対し、第7位に「ナイトライフ体験」がランクインしている。もっと言えば、1位にランクインした「英語の通用度」、3位の「旅行代金」など、「旅行環境に関するもの」を除外し、「観光資源に対するもの」だけでランキングを見ると、「ナイトライフ体験」は第3位にランクインする。要は大半の外国人が「日本の夜はヒマだな」と感じていたのだ。観光消費の機会損失がどれだけあったのか計り知れない。

■実例で見るナイトタイムエコノミー

 本書では実例と共にナイトタイムエコノミーが持つ経済活動の可能性を説明している。残念ながら文字数の問題もあるので、非常に簡潔に書かせてもらう。

 イギリスでは1990年代より、中心市街地が衰退していく「ドーナツ化現象」に悩まされていた。その対策として導入されたものの1つがナイトタイムエコノミーだった。飲食店や芸術施設・文化施設などを楽しむ「夜の街を歩く魅力」を人々に発信し、中心市街地の活性化につなげていった。結果、イギリス国内のナイトタイムエコノミーの経済規模は年間約10兆円に成長。当然、夜に働く人々も増えたので雇用面でもプラスの影響が見られた。

 東京都新宿区ゴールデン街も同様にナイトタイムエコノミーで成功した例の1つだ。かつてバブル崩壊と共にゴーストタウン化してしまったゴールデン街。何度も再開発の危機を乗り切り、やがて長らく残されてきた街並みが「昭和のレトロ」を醸し出すようになり、飲み歩きの地として注目され始める。狭小の店が軒を連ねていることで「ハシゴ酒」にうってつけと、訪れる人々は街の雰囲気を楽しみながら2軒3軒とハシゴし、街全体にお金を落としていく。ゴーストタウンだったゴールデン街も、今では首都圏で屈指の人気を誇る出店エリアとなった。

 このようにナイトタイムエコノミーを導入することで、観光消費がなされ、地域振興や観光立国としての成功を見ることができるかもしれない。今、日本の地方は冷え切り、危機的状況を迎えている。それを打開すべく政府は観光立国を目指しているが、今ある観光資源だけでは観光消費に限界がある。だからこそ夜の経済活動を促すナイトタイムエコノミーを導入すべきなのだが、地方の街の夜は依然としてヒマだ。ここまでが現在の状況。ここから地方が再び立ち上がる日はくるのだろうか。

文=いのうえゆきひろ