東京五輪を待ち望んでいたあの日、希望があった…。心にしみる!人間味溢れる昭和の物語

小説・エッセイ

2017/10/19

『オリンピックがやってきた~1964年北国の家族の物語~(角川書店)』(堀川アサコ/KADOKAWA)

 第二次世界大戦の爪痕が色濃く残る高度経済成長期の日本の情景は、どうしてこうも日本人の心を惹きつけるのだろうか。そんな時代の欠片も知らない我々の心にも、何故か強い郷愁の念を抱かせるものである。その理由の一つは、人間臭さにあるのかもしれない。アナログで、素朴で、がむしゃらで、それでも誰もが明日に希望を抱いていた。貧しくても、戦争の傷が癒えていなくても、右肩上がりの夢にあふれた時代の入り口は、現代の日本人にとっては新鮮で、ちょっぴり憧れたりもする。『オリンピックがやってきた~1964年北国の家族の物語~』(堀川アサコ/KADOKAWA)は、そんな情緒あふれる時代を扱った小説である。

 9月30日に朝の連続テレビ小説『ひよっこ』(NHK/2017年)が最終回を迎え、「ひよっこロス」という言葉を耳にするようになった。有村架純さん演じるヒロイン谷田部みね子は茨城県北部の農村出身。東北寄りの訛りで喋る彼女の愚直さに、ときめきと愛しさを感じた人も多いはずだ。家族が深い絆で結ばれ、オリンピックを迎える東京は熱気に溢れ、カラーテレビが発売され、ビートルズが来日し、人々が着々と変化する日々を精一杯にかみしめながらまっすぐに生きていた時代の話。本書にも、そんな要素がふんだんに詰め込まれている。また『ひよっこ』は主にヒロインが東京を舞台に活躍するストーリーであるのに対し、この小説は青森をメインの舞台として描かれている。この点もまた読者にとって新鮮であると同時に、一味違った昭和の情緒を感じさせてくれる仕上がりとなっている。

 戦後間もない時期の豪邸に一人で住まうのは正体不明の外国人の「奥様」と使用人のおトキ。本書は豪邸とその近隣の人々が優しく繋がっていく、心温まるストーリーとなっている。嫁姑問題、小学校でのいじめと友情、お見合いと恋愛、仲間の団結、戦死した家族の話など、様々な登場人物の立場から語られる出来事は、昭和の狭い村社会の中で緩やかに絡まり合っていく。その“繋がり”は非常に濃く、またそこには確かな愛情が存在している。

 また、本書には子どもの視点で物語が進められるチャプターも混ぜ込まれている。その描写は実に巧みで、自分が忘れたと思い込んでいた子ども時代の、子どもならではの斬新でしっかりとした世界の捉え方を思い出させてくれる。

民子が愕然となったのを確かめて、るみ子はまた上機嫌な笑顔になった。こんなにくるくると感情が変わるわけがないから、きっと作り笑いだ。こんなにうまく、うその笑い方ができるなんて―民子は本当に怖くなった。(本書121頁)

 

 「大人が思っている以上に子どもは考えている」とはまさにその通りで、本書を通して自らの経験とともに子どもならではの世界を思い出すことができるはずだ。

 本書を読み進めるうちに、きっと温かな気持ちが込み上げてくることだろう。愚直で人間味の溢れる時代を舞台にして、しかし時代や場所が違っても変わることのない人間としての心のふるさとの存在を確かめさせてくれる。無邪気に明日の希望を抱くことができず、人との繋がりが表面的に見えにくくなってしまった現代。それでもオリンピックはもうすぐやってくるのである。オリンピックを迎える私たちが今必要としているのは、心の原点に立ち返ることで得られるカタルシスなのかもしれない。

文=K(稲)