辻仁成が主人公!?「料理も、人生も、シンプルこそが難しい」不器用な男がもたらす愛と料理の優しい物語『エッグマン』

小説・エッセイ

2017/10/20

 世の中にはものすごく不器用な男がいる。『エッグマン』(辻仁成/朝日新聞出版)に登場するサトジもそうだった。西麻布の小さな居酒屋「ゆるり」に通っていたサトジは、常連客の女性・マヨと出会う。当時マヨは結婚したばかりで横には夫が座っており、おなかの中には新しい命が宿っていた。サトジはまだマヨに恋心を抱いておらず、素敵だなと思いながら眺めていた。

 マヨと出会って1年か2年かの歳月が流れたとき、サトジの夢の中にマヨが出てくるようになる。なんと夢の中でマヨはサトジの妻だった。夢から覚めて苦笑する日々。そしてある日、サトジがいつものように居酒屋「ゆるり」へ行くと、マヨが突然サトジに会釈をするようになった。2人の関係に小さな変化が生まれた。

 この小さな変化がおきてから数年後、マヨは突然「ゆるり」に来なくなった。離婚したのだ。原因は夫の暴力。マヨの幸せが暴力で壊されたことを知り、サトジは苦しくなって強いお酒を舐めた。

 それから2年後、喜ばしいことに再びマヨが「ゆるり」を訪れるようになる。さらに1年が経った頃、サトジが立ち寄った近くのスーパーでマヨとばったり出くわす。ここで初めて2人は会話をする。それでも2人の関係は進展せず、またさらに1年が過ぎて、2人はたまたま「ゆるり」で席が隣になり、ようやく連絡先を交換する。

 メッセージのやり取りを重ね、やがて2人は平日の夜にマヨが「ゆるり」で過ごす15分間だけ、一緒にお酒を飲むデートをするようになる。男に疲れたマヨにとってはそれがちょうどよかったし、不器用な男サトジはこれだけでも幸せだった。

 数ヶ月後、マヨはサトジにあるお願いをする。娘のウフが元夫の暴力で男性不信に陥っているのでマヨに近づく男に警戒している。「毎日15分だけの微妙な関係から、もっと長く一緒に過ごす関係になるならば、ウフに会ってほしい」ということだった。そこでサトジはウフのために卵料理を作ることにした。サトジは昔フランスで料理人の経験があり、卵料理に自信があった。そしてウフは卵料理が大好きだった。

 マヨと出会って14年が経った。娘のウフに卵料理をこしらえるため、サトジは初めて愛する女性の家に行く。ここから不器用な男「エッグマン」の愛と料理の物語が始まる。

 サトジがどれだけ不器用な男か分かっていただけただろうか。しかしそんな男ほど、芯のある優しい人間であることが多い、と筆者は思う。サトジはマヨと出会ってから、マヨが抱える様々な問題に出くわす。しつこい元夫と対面することになったり、ウフのいじめに直面したり、「ゆるり」の店主が倒れて代わりに店に立ったり。それでもこの男は逃げ出すこともなく、不器用なりに問題を解決しようと真正面からぶつかった。そしていつも最後はサトジが「エッグマン」として作る優しい卵料理にみんな笑みがこぼれた。

 このエッグマンのモデルとなった人物は、他でもない、作者・辻仁成さん本人ではないだろうか。辻さんのTwitterには、本作品でも登場するTKGホワイトオムライスやエッグベネディクトなどの料理が載せられており、その写真と共に優しい言葉が添えられている。

息子よ。人に優しくしてみてごらん。その優しさは自分に返ってくるよ。誰かを裏切ったら誰かに裏切られるよ。(中略)もちろん、誰かを愛したら、きっと誰かに愛されるよ。人に幸せをわけてごらん。誰かが幸せを返しに来るよ。回る地球で。笑。(Twitterより引用)

「料理も、人生も、シンプルこそが難しいんだ」と語るエッグマン。彼は不器用にマヨを愛し続け、マヨやウフに訪れる困難にも真摯に立ち向かった。サトジに疑心暗鬼だったウフもいつしか母親のパートナーと認めるようになる。シンプルな気持ちや行動は必ず誰かの心に届くことを感じさせる。

 不器用な人生も案外悪くないのではないか。不器用だから、たった1つのことしかできないからこそ、それが人生に素晴らしいものをもたらす。まるで卵の黄身と白身が絶妙に絡み合う卵焼きのように、誰かと誰かの関係を濃密にしてくれる。料理も、人生も、シンプルの中に答えが隠されているのかもしれない。

文=いのうえゆきひろ