「斉」「斎」「齊」「齋」……複雑怪奇な名字「さいとう」さんの不思議

暮らし

公開日:2017/10/31

『日本人のおなまえっ! 1』(NHK「日本人のおなまえっ!」制作班、森岡浩/集英社インターナショナル)

 NHKの古舘伊知郎司会による人気番組『人名探求バラエティー 日本人のおなまえっ!』が、『日本人のおなまえっ! 1』(NHK「日本人のおなまえっ!」制作班、森岡浩/集英社インターナショナル)として書籍化されている。

 鈴木さんや山田さんなどのなじみ深い名字にまつわるルーツや、方角が含まれている名字の謎、不思議な読み方の名字についての見識を与えてくれる一冊であるが、なかでも興味深かったのは「さいとう」さんにまつわる話だ。

◎種類の多過ぎる「さいとう」さんの悲哀

 じつは以前、知り合いの「さいとう」さんと会話しているときに、この手の話題が出た。何でも本人は「齋藤」が本来の名字であるが、メールの相手に書かれるのは「斉藤」だったり「齊藤」だったりとバラバラ。僕が「正直間違えられることについてどう思うんですか?」と尋ねると、「読めればいいので今はもうあきらめたよ」とため息交じりに返してくれたことがあった。

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 また、番組内でのアンケートによれば実際に「さい」の字でイヤな思いを味わった人たちが217人中で半数を超える約58%。具体的には「年賀状の宛名が間違いだらけで、おめでたくない」「もらったラブレターの『齋』が修正液まみれだった」という回答もあったようだ。

◎ある会社では85種類もの「さい」があった!

 なぜこれほどまでに「さいとう」という名字は複雑になってしまったのか。本書によれば、そのルーツにあるのは明治時代に始まった戸籍制度だったという。

 一人ひとりに戸籍が与えられた当初、その届け出はすべて書類により行われていた。もちろん届け出る本人が紙に書いて提出するわけだが、そのときに間違えたまま記入する人たちがいたことで、今なお戸籍に様々な形の「さい」が残ってしまったのがどうやらことの真相らしい。

 やがて現代となり、戸籍の電子化が進むにつれて「さいとう」が多岐にわたることが明らかにされていった。1994年にスタートした日本全国の各自治体による「戸籍電算化事業」に関わる企業では、じつに85種類もの「さい」の字が登録されているという。

 本書にある「さい」の字の一覧を見ると、メジャーどころの「斉」「斎」「齊」「齋」を基準に派生した漢字が様々。さらに、それぞれの文字から派生したと思われる漢字や、一見すると記号のようにも見える「さい」の字がたくさん並んでいる。

◎伊勢神宮にルーツを持つ「さいとう」さんの歴史

 名字には必ず、誰か初めに名乗った人物がいる。もちろん「さいとう」さんにもいるわけだが、本書ではそのルーツが三重県の伊勢神宮にあったというエピソードが語られている。

 天照大神が祀られていることで知られる伊勢神宮だが、かつてその場所には斎王という一人の人物がいた。斎王は天皇の代わりに天照大神に仕え、国の平安と五穀豊穣を祈りながら日本を守っていたとされる。そのため、そもそものルーツである「斎」という字には「神を迎えるために身を清める」といった意味もあるのだという。

 斎王が住んでいたのは、伊勢神宮からクルマで30分ほどにある現在の「さいくう平安の杜」辺り。ここには当時「斎宮」と呼ばれる斎王に仕えるための役所があり、甲子園球場およそ35個分という広大な敷地の中には、斎王の住まいでもある御所があったそうだ。

 やがて、平安時代の中期に斎宮へ仕えていた藤原叙用の子孫がみずからの官職名「斎宮頭」と、姓「藤原」にちなみ「斎藤」と名乗り始めたのが、そもそもの「さいとう」の起源だったというのだ。

 数ある名字の中でも「さいとう」さんにまつわるお話は、とりわけミステリアスにも思えていた。その背景を深く知ると、名字に対する感情が変化してくるのも事実。今度「さいとう」さんにメールをするときは、名前を間違えないよう慎重に連絡してみたいという思いも芽生えてきた。

文=カネコシュウヘイ