結婚は、◯◯同士が結び合うこと――すべての母娘に捧げる、もらい泣き必至の結婚式小説

恋愛・結婚

公開日:2017/11/5

『末ながく、お幸せに』(あさのあつこ/小学館)

 秋に入ってから結婚式に呼ばれる機会が増えた人も多いだろう。当たり前のことだが、ハレの日の花嫁はハッピーオーラに満ちていて、参加したこちらまで幸せな気分になる。でも、その日を迎えるまでにあったであろう人間模様や家族の軋轢を、私たちは知らない。

 『末ながく、お幸せに』(あさのあつこ/小学館)は、『バッテリー』などで知られる青春小説の名手、あさのあつこによる結婚式小説だ。ある結婚式場で夫婦になろうとしている、どこにでもいるような若い2人。しかし、花嫁・萌恵は、実の母がまだ幼かった自分を残して家を出たため、叔母に育てられた過去を抱えていた。結婚式当日、8人の参列者のお祝いスピーチで、花嫁の真実の姿が語られていく。

 スピーチを任された8人は、それぞれ様々な想いを胸に萌恵とのエピソードを語りながら、自分自身と向き合うことになる。

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 例えば、農業に従事する新婦従兄の慶介は、妻が不倫の果てに事故死したという過去、そして娘の桜が実子ではないかもしれないという疑念に囚われ続けていた。人前で話すことが苦手だったが、萌恵の結婚式でスピーチをしたことで、仕事への誇りを思い出すとともに、娘への溢れ出る愛情に気づく。

 また、新婦の友人代表スピーチを担当した愛弥は、学生時代に萌恵と気まずい別れを経験していた。ある雨の日、デザイナーとしての夢に破れ打ちひしがれていた愛弥は、偶然萌恵に再会し、結婚式のウエディングドレスを作ることになる。萌恵との過去のエピソードや、ドレスを製作しながらデザインをする喜びを思い出したことなどが赤裸々に語られ、「萌恵、今日のあなたは最高にきれいだぞ」という言葉でスピーチは締めくくられる。

 親友に不条理な感情をぶつけられても怒りを露わにせずぐっと耐えたり、年上の従兄を力強く諭したり。参列者のスピーチの中で語られる萌恵は、どれも、温かくて強い。しかし、母親との関係の中では、萌恵は異なった一面を見せる。

 萌恵の育ての母であり、実の叔母である良美を、思春期の萌恵は「お母さんって、重いよ。お母さんといると、息が詰まる」という言葉で傷つけたことがある。また、実の母である瑛子には、「最低」「逃げるんですか」と感情をぶつける。友人たちが語る、いつも穏やかな萌恵はそこにはいない。萌恵のこれらの言葉の端々からは、2人の母に対する複雑でやり場のない感情が見て取れる。本書は結婚式小説であると同時に、人はいくつもの顔を持つのだということを私たちに教えてくれるのだ。

 あたし、生まれてきてよかった。

 物語の終盤、萌恵が瑛子に囁くこの一言。けして恋のために自分を捨てた実の母を許したわけではないだろう。けれど自分も愛する人と巡り合い、母の生き方を認められるようになったという想いの表れのように感じられる。

 どんな家族にもドラマがある。本書を読み終えたら、参加する結婚式・披露宴にこれまでとは違った感情を覚えるようになるかもしれない。

「相手に幸せにしてもらうのではなく、相手を幸せにするのではなく、自分の幸せを自分で作り上げる。それができる者同士が結び合うこと。本物の結婚とはそういうものなのだろう」

 作中の慶介の言葉がいつまでも胸に残った。今日結婚式を挙げるカップルが一組でも多く、本物の夫婦になれることを願いたい。

文=佐藤結衣