「怖い絵」展が大盛況なのは、作品に「残忍な情景が描かれているから」ではない

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公開日:2017/11/4


出典:「怖い絵」展オフィシャルホームページより

■「日曜美術館」の前に行け!?

 美術館によく行く人たちの間では「行きたい展覧会は『日曜美術館』でやる前に行け」とよく言われている。ほんと、NHKの「日曜美術館」の影響力は大きく、良い展覧会ほど、放送後の混雑ぶりは凄いものになるのだ。

 まあ、それはよく分かる。美術というのは、基本的にそんなに分かりやすいものではない。分かりやすくないのに、作品は見る人の側に思いっきり開かれていて、「さあ、好きなように見てね」と言っている。もちろん好きなように見てよいのだけど、そのためにも基本的な知識はあった方が面白いし、自分と絵を繋ぐ何らかの理屈はあった方が楽しめる。

■“先入観を持たずに見る”ための作法

 よく、「先入観を持たないために、まっさらな状態で向き合いたい」とか言う人がいるけれど、あれはただの勉強不足の言い訳だ。何も知らない方が先入観を持ちやすいのは、知っている人はよく知っている。人間、自分が知っていることと目の前のものを結びつけて理解するのだから、何も知らないと、それまでの自分の美術とは何の関係もない知識だけで作品に向き合うことになる。それは下手な知識以上に邪魔な先入観だ。それでも感動出来てしまうのが名作というものだけど、その背景や歴史を知っていた方が感動は大きいのだ。

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「日曜美術館」を見ると、その作品を見るための基礎知識が手に入る。すると、その知識を元に作品を楽しんでみたいという気分になる。とっかかりがあれば、そこから自分なりの感動だって見つけることが出来る。中野京子氏の「怖い絵」シリーズが売れて、上野の森美術館で行われている「怖い絵」展が大盛況なのは、その「作品を見るとっかかり」が最初から分かりやすく提示されているからだ。別におぞましい姿の怪物が描かれているわけでも、残忍な情景が描かれているわけでもない絵の裏にある物語や歴史、事件や狂気にスポットが当てられた展覧会だから、どう見ると楽しいかがハッキリしているのだ。

 例えば、展覧会のポスターにも使われているポール・ドラローシュの「レディ・ジェーン・グレイの処刑」は、タイトル通り、処刑直前の情景を描いたもの。しかし、そこに、殺される白いドレスのジェーンは、無理やり女王にさせられ、在位9日で斧で首を落とされる哀しい運命の物語が重なれば、その絵を見た時の感興は大きくなる。意外にも小さな絵が多い「怖い絵」展にあって、この作品がかなり大きいことも、感動を呼ぶ一因だろう。そうやって、背後の物語込みで見る絵は、それは興味深い。陰鬱な空気の中、男と女が、金髪の女性を殺そうとしている絵が、あのスザンヌの若き日の作品であるという驚きと、描かれた殺しのシーンのリアルさ。切り裂きジャックの正体と目されている画家による、切り裂きジャックが住んでいたとされる部屋を描いた、シッカートの「切り裂きジャックの寝室」の、真夜中に合わせ鏡を覗いたような、事実とフィクションの境界にある作品の美しさ。男を誘い、動物に変えてしまう魔女を描いたウォーターハウスの「オデュッセウスに杯を差し出すキルケー」の、誰をも屈服させられる自分に疑いを持たない表情。

■撮影禁止なのに撮りたくなる人続出の2作品

 「怖い絵」という枠を提示することで、誰もが作品の面白さを理解し、自分なりの感動を見つけることができる見せ方は本当に上手いし、美術への入り口としても良くできている。もちろん、中には、モッサの「飽食のセイレーン」や「彼女」といった、背景を知らなくても、その迫力と魅力で目が惹き付けられる名品も用意されている。そういう作品の場合、何故、自分はその作品に惹かれたのかを、作品の背景に求めても面白い。内覧会では、この2作品のみ撮影禁止だったのだけど、うっかりカメラを向けてしまう人が多かった。魅力的な作品とはそういうものでもある(※特別に許可を得た取材以外は撮影禁止)。

 と、日曜美術館を待つまでもなく、作品を楽しめる「怖い絵」展だが、実は、日本には古くから、そういう背景を込みで楽しむことを前提にしたジャンルがある。「浮世絵」である。あそこの茶屋の看板娘を歌麿が描いたってよ、と評判になり、あそこで起こった残忍な人殺しはこんな風だったんだぜ、というのを見たくて、無残絵が流行る。時の政権を妖怪の絵で揶揄したと捕まる絵師がいて、それがさらに、その絵の評判を呼んだりする。

 もちろん、それらの背景は当時の人には常識でも、今の私たちが見ると、ただの妖怪画だったりする。でも「怖い絵」展で、絵の背景を知る面白さを知った後なら、浮世絵が今までの何倍も面白く見えてくるかも知れない。知識とは、そんな風に楽しく使うものなのだ。

DATA
「怖い絵」展
場所:上野の森美術館
期間:10月7日(土)~12月17日(日)※会期中無休
時間:平日10:00~17:00、土曜9:00~20:00、日曜9:00~18:00(入場は閉館の30分前まで)

文=citrus 小物王 納富廉邦