「不倫相手と同棲」「結婚後も性的関係を持たない」―天才たちを虜にし、自らも燦然と輝いた5人の女たち

恋愛・結婚

公開日:2017/11/7

『最強の女 ニーチェ、サン=テグジュペリ、ダリ・・・天才たちを虜にした5人の女神(ミューズ)』(鹿島茂/祥伝社)

 近年のテレビドラマでは恋愛モノ、とりわけ泥沼の恋愛ドラマは視聴率が取れないらしい。不倫をテーマにした小説『失楽園』がドラマ化され流行っていた頃からすると、著名人の不倫に対する世間の風当たりも強くなったように思える。規範意識が高まったというよりは、ネットの普及で自分の関心事に集中し恋愛への興味が薄い人が増えたのと、ストレスの多い現代において他者を非難することを不満の捌け口にしているからなのだろう。などと社会学者気取りのことを考えていたら、この『最強の女 ニーチェ、サン=テグジュペリ、、ダリ・・・天才たちを虜にした5人の女神(ミューズ)』(鹿島茂/祥伝社)に出逢った。本書は有名文化人を虜にした女たちの列伝であり、それぞれの恋愛模様が実に面白い。

 サン=テグジュペリの婚約者だったルイーズ・ド・ヴィルモランは、のちに自身も女流作家として活躍するのだが、若い頃から気晴らしとして恋愛をゲームのように愉しんでいた。というのも彼女は17歳の頃に結核性関節炎を患い、別荘で移動式ベッドに横たわりながら治療の日々を送っている。彼女にとっては、見舞いに訪れる青年たちを誘惑するのが唯一の娯楽だったわけだ。彼女が最初に負けた相手がサン=テグジュペリで、いったんは婚約したものの、当時無名の彼には財産が無く、そのうえ飛行士であることから母親には当初より結婚を反対されていたため、結局は婚約破棄の手紙を自ら送ることになる。著者によれば『星の王子さま』における「バラとの別れのエピソード」に、このときの失恋体験の投影を見出すことができるという。

 著述家ルー・ザロメは、相手に「教える喜びを存分に味わわせる」という「特殊な能力」を備えていたらしく、哲学者のニーチェと精神分析医のフロイトは、この「理想の生徒」に魅了される。そして真理を愛する彼女は、どんな男から求婚されても「平等」に絶対的拒絶を示し、ニーチェと共同生活をしたさいも性的関係を持たなかった。しかし、その彼女が語学者のアンドレアスと電撃的な結婚をする。なんとルーに一目惚れした彼は、ナイフを自分の胸に突き刺して結婚を迫ったというのだ。ただし、結婚後もルーは処女のまま夫婦生活を続けたらしく、それからの彼女の男性遍歴もまた続きがある。

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 本書には5人の女が登場するわけだが、その中の1人ガラだけ例外な事柄がある。それは、他の女たちは作家であったり写真家であったりと自身も優れた才能を備えていたのに対して、ガラは何も持っていなかった。しかし彼女は、サルバドール・ダリを含むシュールレアリスムの三大巨頭と称される男たちを次々と籠絡(ろうらく)し、男たちから「表現された」頻度でいえば他の「四人をはるかに凌いでいる」と著者は評している。そのガラは最初の夫である詩人のエリュアールと結婚しても他の男に恋をすると打ち明けて、夫もまたそれを了承していた。後年に離婚するのだが、それは彼がガラの背中を押す形でダリと交際させたからで、2人が同棲を始めるとガラに「君のことを思って極上のオナニーをした」などという猥雑な手紙を送っていて、やはり未練があるのかと思いきや、その一方で毎日のようにガールハントに精を出していたというから、どの登場人物も常人には理解しがたい。

 本書を読了して、泥沼の恋愛ドラマが流行らない理由をもう一つ思いついた。SNSを活用した出逢いが増えた現代においては、より刺激的な恋愛をしている人も多いのではないか。そんな人たちにとっては、「事実は小説より奇なり」の言葉があるように、もはや創作された物語に魅力を感じないのかもしれない。そんなドラマティックな現実と張り合わなければならないとしたら、テレビドラマを作る側は大変そうである。

文=清水銀嶺